第15章 ずれ
朝は、いつも通りに始まった。
火は弱く、煙は低い。
水も刃も、数は合っている。
それでも、少女は違和感を覚えた。
器を渡す手が、一度だけ止まる。
止まった理由は、ない。
ただ、次に誰へ渡すかを、一瞬迷った。
作業は進む。
順番も、役割も、間違っていない。
それなのに、互いの動きが噛み合わない。
皮を干す場所が、昨日と違う。
骨をまとめる籠が、端に寄せられている。
見張りが、決められた位置より一歩だけ風上に出ている。
誰も指示していない。
誰も相談していない。
それでも、全員が同じ方向に、少しずつずれていた。
昼前、年長の男が立ったまま崩れた。
足を取られたわけではない。
力が抜けただけだ。
担がれ、影に移され、水を含ませる。
呼吸はある。
傷もない。
「森じゃない」
誰かがそう言った。
否定ではなく、判断だった。
少女は、その言葉に引っかかる。
森でないなら、原因は村の中にある。
夕方、別の者が名を呼び間違える。
昔の配置のままの呼び方だった。
訂正はされなかった。
間違いは、直されると残る。
放置されると、薄まる。
夜、火の周りが狭い。
誰も距離を詰めていないのに、自然にそうなった。
呼吸が合わない。
早い者と、遅い者。
均そうとする者はいない。
少女は理解する。
森は、もう触っていない。
線は引かれ、判断は終わっている。
村は、その線に合わせて動いただけだ。
だが、線は一本ではなかった。
重なった場所で、人が擦れる。
擦れたところから、ずれが生まれる。
眠る前、少女は自分の手を見る。
震えてはいない。
ただ、置き場を一瞬迷った。
それで十分だった。
異変は、壊さない。
配置を変えるだけだ。
明日、誰かが外れる。
明後日、別の誰かが埋める。
森は関与しない。
関与しないからこそ、村は自分で崩れていく。
少女は目を閉じる。
森の音は、遠い。
近いのは、人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます