第14章 戻り

村は、変わっていなかった。

煙はまっすぐ上がり、干した皮が風に揺れる。

誰かが刃を研ぎ、誰かが水を運ぶ。

少女が戻っても、足を止める者はいない。


入口で、年長の女が視線を寄こす。

問いはない。

見るのは顔ではなく、歩き方と呼吸の速さだ。


少女は首を横に振る。

それで十分だった。


集会の場で、短い報告がなされる。

言葉は少ない。

「奥」「布」「合図」。

それだけで、場の空気がわずかに締まる。


年長の男が頷く。

別の者が、木炭を一つ折る。

明日の配置が変わる合図だった。


誰も森を責めない。

誰も少女を労わらない。

森は正しく、少女は無事――それで終わる。


道具が分配される。

配置が少し変わる。

明日、行く線が一つ減る。


少女は自分の場所に戻る。

器を洗い、布を畳む。

指先に残る感触は、川で落とす。


夜、火は小さい。

必要以上に明るくしない。


隣に座った者が、ぽつりと言う。

「次は、違う音になる」


説明はない。

合図が一度で終わらないことは、皆が知っている。


少女は頷く。

森が何を記録したかは、問わない。

問うこと自体が、余計だからだ。


眠る前、外で枝が鳴る。

風ではない。

だが、誰も起きない。


村は知っている。

同じ形の合図は、二度と来ない。


少女は目を閉じる。

呼吸は一定。

森ではなく、村の内側で、

何かが静かに更新されている。


明日、森は近づかない。

代わりに、村の線が一本、引き直される。


それで、十分だった。

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