第13章 合図
森に入ってから、風向きが一定しない。
吹いているのに、流れていない。
少女は歩く。
足音は出さない。
出ない歩き方を、身体が知っている。
枝が折れる音がした。
遠くではない。
近すぎもしない。
距離を測られている。
気配は一つではない。
増えているわけでも、囲まれているわけでもない。
ただ、配置が変わる。
木々の間に、細い空間が現れる。
通れる。
だが、通る理由はない。
理由がない場所ほど、森は正確だ。
地面に、爪の跡がある。
新しい。
乾いていない。
獣のものではない。
人のものでもない。
歩いた痕跡だ。
少女は足を置かない。
同じ線をなぞらない。
一段、外す。
すると、音が止まる。
風が、やめる。
静かすぎる。
これは待機だ。
木の根元に、何かが落ちている。
布切れ。
村の織りではない。
触らない。
触れと言われていない。
代わりに、少女は視線を上げる。
枝の重なりが、歪んでいる。
影が、一定の形を保っている。
見られている。
目はない。
輪郭もない。
だが、視線だけが正確にそこにある。
森は近づかない。
距離を詰める必要がないからだ。
少女の呼吸が、わずかに遅れる。
意識していない。
身体が、合わせている。
次の瞬間、地面が鳴る。
低く、短く。
警告ではない。
脅しでもない。
合図だ。
ここから先は、
同じ条件では進めない。
少女は理解する。
これは追い払いではない。
歓迎でもない。
選別だ。
進めば、何かを落とす。
戻れば、何かを持つ。
どちらも、森の中に残る。
少女は立ち止まる。
立ち止まること自体が、選択になる場所で。
一拍。
二拍。
足を、横に出す。
前ではない。
後ろでもない。
森の視線が、ずれる。
計算が、外れる。
音が消える。
気配が、配置を解く。
合図は、それ以上出ない。
少女は歩き出す。
違う線で。
同じ速度で。
背後で、何かが崩れる音がした。
確認はしない。
森は、答えを求めていない。
反応だけを記録する。
少女は、生き残ったのではない。
選ばれたのでもない。
ただ、
まだ回収されていないだけだった。
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