第12章 落ちたもの
森の奥で、匂いが変わった。
血ではない。
腐りでもない。
温度が、違う。
少女は足を止めない。
止まる理由がないからだ。
森で理由を探すのは、遅い。
倒木の影に、それはあった。
形は、人に近い。
けれど、整っていない。
横たわっているのに、休んでいる感じがしない。
呼吸はある。
浅く、規則がない。
少女は近づかない。
助ける距離でも、逃げる距離でもない。
見るだけの位置に立つ。
皮膚は無傷だ。
血も出ていない。
それでも、どこかが「足りない」。
目が合う。
合った、と思っただけかもしれない。
相手は何も言わない。
声を出す力がないのではない。
出す必要がないという顔をしている。
森は静かだ。
風も、鳥も、音を避けている。
少女は理解する。
これは、失敗ではない。
事故でもない。
選ばれなかった結果だ。
何を誤ったのかは、分からない。
立ち止まったのかもしれない。
急ぎすぎたのかもしれない。
正しかった可能性もある。
森にとっては、どれも同じだ。
少女は一歩、位置を変える。
影がずれ、相手の輪郭が崩れる。
その瞬間、相手の指がわずかに動いた。
助けを求める動きではない。
拒絶でもない。
確認だ。
少女が、まだここにいるかどうか。
少女は、いないふりをする。
視線を外し、呼吸を元に戻す。
森は、それ以上を求めない。
去るとき、背中に何も刺さらない。
呼び止める声もない。
ただ、温度だけが少し下がる。
少女は歩き続ける。
足取りは変えない。
心拍も、変えない。
村で、これを話すことはない。
話す言葉が、存在しない。
それは死ではない。
生でもない。
落ちたものだ。
森は、それを回収しない。
埋めもしない。
意味も与えない。
意味を与えるのは、
見た側だけだ。
少女は、何も持ち帰らなかった。
それで十分だった。
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