第3話 シラサキと物体
私の名前は、シラサキ・ミカエラ・ミハイロフナ。
少なくとも、今はそのはず。
「お疲れさまでした」
声が聞こえて、やっと気づいた。意識がこちら側に戻ってきている。動作チェックの後遺症なのか、頭がひどく疲れている。だが、身体にはほとんど疲労を感じない。
ガラスの向こうに、私そっくりの義体が立っていた。あちらの目を見た瞬間、視線が重なる。私がこちらを見ているようで、向こうに立っているのも私なのだと錯覚してしまう。
そんなことを思っていると、研究員が近づいてきた。表情は明らかに明るく、声には抑えきれない興奮が混じっている。
「シラサキ、今回の動作チェック時のリンクの安定性、操作精度、戦闘効率、いずれも想定以上です」
自分のことのはずなのに、あまり嬉しくない。嬉しいと感じられるほど、心に余裕が無いのかもしれない。
あれがホログラムの訓練だと理解していても、大量の敵が襲い掛かってきて、必死に排除し続ける感覚が残っている。
それに、私はこれをやりたくてやってるわけじゃない。
きっかけは、突然実施された健康診断だった。
適性があると言われた翌日、胸に国の紋章を付けたスーツ姿の大人が四人、家に来た。
協力は「任意」だと説明されたけれど、断った場合にどうなるのかは、誰も教えてくれなかった。
今の仕事よりも好待遇で、家族のことも保証すると言われた。
だから私は頷いた。まさか、その先にこんなものが待っているとは、思いもしなかった。
「シラサキ、次のプログラムです。準備できましたか?」
「...すみません、あともう少しだけ待ってください。」
たった五分の休憩で、もう次の訓練だなんて。早く終わらせて自室のベッドで休みたい。
そんなことを思いながら、私は接続用の座席へ向かった。
「接続完了。プログラムを開始します。戦闘に備えてください。」
敵が来る。黒い影のような体に、赤い目を持つ不気味なホログラム。
数は多いが、動きは単純だ。一体ずつ処理すれば、問題ないはず。
「リンク安定度、91%を超えました。凄い...」
もう八体も倒したのに、まだ終わらない。まだ来る。戦わなければ。
視野が狭まる。息苦しい。呼吸が追いつかない。
息苦しい?
おかしい。そんなはずはない。ニューラルリンクで感じるのは軽い触覚だけだ。痛みや苦しさは感じないはずだ。
「心拍数上昇。リンク安定度――100%……?」
「いや...おそらく100%以上だ...これ以上は危険だ……切断を!」
研究員が何か言ってるが、聞き取る余裕がない。苦しい。それでも敵はまだ襲い掛かってくる。
戦わなくては。止まったら殺される。怖い。死にたくない。
次の瞬間、誰かの叫び声と同時に、意識が薄れていった。
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