第2話 オブイェークト

オブイェークト。ロシア語で物体を意味し、数字と組み合わせて名前の決まっていない試作兵器の仮名称として使われる。主に戦車や装甲車に使われるが、オブイェークト118はその兵器の特性を隠すため、偽装としてその名が与えられた。


発想の原点は、負傷兵達だった。戦場で手足を失った彼らが、ニューラルリンクを用いた義肢を装着し、やがて再び前線へと送り出されていく。そんな姿を見て、ある問いが生まれた。

身体の一部を置き換えられるのなら、身体全体も置き換えられるのではないか。

その問いから、義体という構想が生まれた。

操縦者は安全な後方から無線によって義体と接続し、それを遠隔で操作する。

義体が危険な任務に投入され、損傷、あるいは撃破されたとしても、失われるのは作り物の身体だけであり、兵士の命は守られる。

この国の弱点を補い、同時に強みを最大限に活かすこの構想は、指導部から高く評価された。

計画は即座に承認され、設計と試作の段階へと進められていった。


義体設計の第一段階として、基準となる「身体」が必要とされた。

求められたのは、過酷な任務に耐えうる身体能力と、宣伝映像――すなわち、プロパガンダとして高い効果を発揮しうる外見を併せ持つ存在である。

職業や生い立ちは問われない。五体満足であり、健康で、容姿端麗な二十代の女性。

表向きは健康診断と称し、一般市民の中から選別された。

選別の結果、基準を満たした個体は一名のみだった。

シラサキ・ミカエラ・ミハイロフナという名の、かつての日本をルーツに持つ黒髪の女性だ。

彼女は、「非公式協力者」として空軍の実験部隊に配属された。

表向きの任務は、研究員として各種実験に協力することだった。しかし実態は、ほぼ強制に近い形で行われる身体のスキャンと、人工皮膚および生体パーツを用いた複製であった。

消耗品に余計な手を加えるのは非効率的であると判断され、義体は強化を施さず、可能な限り元の身体を忠実に再現する方針が取られた。性能向上よりも、生産性の確保と予算削減が優先されたためである。


こうして、シラサキ本人と瓜二つの義体――初号機「オブイェークト118」が生まれた。

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