楽園の秘密

学園生活が始まって一週間が過ぎた。

私はすっかり『楽園』に溶け込んでいた。

朝の挨拶、授業中のさりげない手伝い、休み時間の雑談。

みんなが私を「可愛い後輩」として受け入れてくれる。

リリア先輩は特に優しくて、放課後になると必ず一緒に庭園を散策してくれるようになった。

「アリアちゃん、百合の花って好き?」

白い花壇の前で、リリア先輩が静かに尋ねた。

「ええ、とても。純粋で、強くて……美しいと思います」

私は微笑みながら答えた。本当は、花なんてどうでもいい。

でも、この学園で百合は特別な象徴だ。

女性同士の絆、純潔、優位性——すべてを表しているらしい。

夜、寮の自室で、私は鏡の前に立つ。

長いウィッグを外し、胸に巻いたサラシを緩める。

息が少し楽になる。私は男だ。本名はアレン。

レジスタンスの末端メンバーとして、この百合園学園に潜入した。

外の世界は、もう何十年も前から女性優位社会だ。

歴史の改竄、教育の洗脳、法律の操作——男性は「劣等」「危険」「過去の遺物」とされ、表舞台から完全に排除されている。

男児が生まれてもすぐに隔離され、教育施設で「矯正」される。抵抗する者は消される。

そんな世界を変えるために、私たちは動いている。

そしてこの百合園学園は、女性優位主義の象徴であり、最高権力者たちの娘たちが集う聖域だ。

ここに潜入し、内部の秘密を暴き、外部に情報を流す。

それが私の任務だった。だから私は女装した。何年もかけて声を高くし、仕草を磨き、ホルモン剤で体を調整した。

完璧な「少女」になるために。

鏡の中の自分を見て、苦笑する。任務は順調だ。

リリア先輩は学園の生徒会長。彼女に近づけば、必ず核心に辿り着ける。

なのに、なぜか胸が痛む。今日も、彼女と手を繋いで歩いた。

指が絡む感触が、頭から離れない。

「……任務だ。感情は邪魔だ」

自分に言い聞かせながら、ベッドに倒れ込んだ。

翌日、授業中に事件は起きた。歴史の授業。先生が熱弁を振るう。

「女性優位社会は、人類の進化の必然です。かつて男性が支配していた時代は、戦争と破壊と抑圧の連続でした。私たちはそれを乗り越え、真の平和を築いたのです」

教室中が頷く。私も表面上は頷いたが、心の中では吐き気がした。

休み時間、リリア先輩が私の席に来た。

「アリアちゃん、さっきの授業、どう思った?」

突然の質問に、少し動揺した。

「……すごいなって思いました。私たち女性が、こんなに素晴らしい世界を作れたなんて」

嘘が上手く出た。リリア先輩は満足そうに微笑んだ。

「そうよね。私たちは守るべきものがある。この学園も、この社会も」

その瞳の奥に、揺るぎない確信が見えた。私は静かに息を吐いた。

(守る、か)

違う。私はそれを壊しに来た。

でも、なぜか——リリア先輩の横顔を見ていると、胸の奥が熱くなる。これは任務のための演技のはずなのに。

夜、また鏡の前。

「集中しろ、アレン。お前は男だ。ここにいるのは偽りだ」

自分を叱咤する。だが、指先がまだ彼女の手の温もりを覚えている。

この楽園は、美しすぎる。だからこそ、壊さなければならない。

私は拳を握りしめた。まだ、秘密は明かせない。まだ、すべては始まったばかりだ。


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