Tanker ーギャラクシー短歌戦争ー
涼風紫音
Tanker ―ギャラクシー短歌戦争―
「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」
恒星間戦争の最前線で私は歌を詠む。この狭苦しいコックピットに包まれて、銀河を背に飛ぶ私は、敵対異星人のやたら尖った形状の戦闘機にヒットアンドウェイ。SSF-014C――Song Star Fighter 014型モデルC――を駆り、この日三機目の敵機を落としていた。いや、宇宙空間では落ちない。ただ爆散して引力に引っ掛かるまでは漂うガラクタになるだけ。
ソング・スター・ファイター。異星人とのいつ終わるともしれない消耗戦の中で偶然発見された言霊という未知のエネルギー。それを相手に投射することに特化した空間戦用戦闘機。必要な機能以外最低限の星行く棺桶。私、ヤヨイ・トーゴ―はそのパイロットで、一応エースということになっている。
「ヤヨイ、また古い歌。進歩がない」
僚機から通信。キョーコ・フジワラだ。腕は確かなのだが、どうにも武器として選ぶ歌のセンスが違う。そのことで私たちはしょっちゅう言い合いをしていた。戦闘中でも、だ。
「天から降る雪のように、散っちまいなって、ぴったりだからいいじゃない」
私が古い歌を選ぶのには理由がある。言霊エネルギーのベクトルを決める物。長年の時の中で重ねられた想いの積層×歌そのものの内容。その掛け合わせの深さ、鋭さが力になる。古い歌ほど積層の力が働き、内容に応じた力を発揮する。こんな原理を誰が「偶然」見つけたのか。きっと長い戦争に疲れて頭のネジが緩みまくった馬鹿が辞世の句でも詠んだに違いない。
「積層が多少浅くたって、私はもっとうまくやれるよ。お手本ってやつを見せてやるから援護よろしく!」
キョーコはやかましい声で一方的な通信を寄越すと、前方上方から迫る別の敵機に機首を向ける。もちろん前方とか上方というのは言葉の綾だ。それらは自機の軸線をもとに表現する便宜的なそれに過ぎない。
「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」
三機編隊の敵機は途端に推進力を失い、バラバラになって編隊を崩していく。私の知らない歌だ。私は古い歌しか知らない。それが一番効率が良いし、一番積層が厚いのだから、それ以外の歌を覚えようと思ったことはなかった。
「むなしく空に漂いなって、なかなかオツだろ?」
彼女は再び通信を開くと、勝ち誇る。コックピットの中で胸でも張っているのだろう。確かに威力も効果も抜群。悔しいがそれは認めるしかない。
「知らない歌だって思ってるな? 若山牧水だよ」
歌人の名前を聞いてもピンとこない。言霊エネルギーをぶつける武器の難点は、都度詠む歌を変えていかないと、相手に対策を打たれて無効化されてしまうこと。レーザーやミサイルの類いが早々に無用の長物になったのは、それらに応用力がなかったからだ。その点、歌は違う。違う積層、違う内容の掛け合わせで様々な効果を生み出すことができる。それでも目の前の相手に同じ歌を何度も使うことはできなかった。
「今度メイジやタイショーの歌を教えてあげる。カクテルパック一つで。とってもお買い得でしょ?」
押し売りのように送って寄越す声から、キョーコが近代短歌を使ったのだと理解した。古典ほどの積層はない。しかし古メディア普及期に詠まれた歌は、なんだかんだ多くの人に詠まれてはいる。年数ではなく数で想いの層を得ている。そんなタイプ。
「キョーコにカクテル奢らなくても、私は十分戦えてるから」
なにも強がりで言っているのではない。私はこれまでも古典短歌だけでいくつもの戦場を生き抜いてきたし、戦果も挙げてきた。それだけのこと。
「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」
空間レーダーの死角からキョーコの機体を狙おうとしていた別の敵機に放つ。神も知らない赤い川となって流れていけ、そんな攻撃。言霊エネルギーが収束し敵を貫く。
「ちょっとヤヨイ、そっちで見えてるなら教えてよ!」
してやったり。これで少しは彼女の偉そうな態度も改まるに違いない。これで私は命の恩人だ。しかも五回目。SSF-014Cは後方に大きな死角を抱えている。宇宙空間での小型機での戦闘はほぼ一撃離脱。推進剤を無闇に使うドッグファイトなど稀。直進なら加速に任せ、途中でエンジンを切っても慣性で飛べる。それが戦い方なのだ。そしてそれに特化した結果、背後から襲われると脆い。相対速度によほど差がない限り後方からの追撃戦など論外とあって、そのあたりは大胆に機能をオミット。消耗品は安ければ安い方が良い。そんな理屈。
「このあたりは落ち着いたみたいだし、反転帰投。キョーコはあとでブリーフィングルームで反省会」
できるだけ感情を抑えて、いかにも事務的に伝えてやる。キョーコは良くも悪くも大雑把なところがあり、今回のように僚機に助けられたことは何度もあった。それでも彼女が出撃し続けているのは、人員不足でもあり、攻撃自体は強力だったからでもある。
「みんな
三十六世紀。太陽系から外に人類が進出してすでに十世紀。もともと地球ですらたった一つの国でしか使っていなかった日本語。その使用者は圧倒的少数。絶滅危惧種。宇宙進出の際、共通言語=いまの宇宙標準語は当時最大の国際言語だった英語とされた。以後大半の人間が英語しか話さなくなった。英語以外の言語など、この戦争が始まるまでは無用の長物か懐古趣味でしかなかった。
「しょうがないでしょ。これ以外に使い道のない言葉なんて、誰も好き好んで覚えたりしないんだから」
積層×内容。それだけを考えれば、イタリア語のソネットでも北京語の漢詩でもフランス語のアレクサンドランでも良かった。どれも話者など絶滅危惧種であることに変わりはないし、発揮できる威力は同じようなもの。たった一つ違うのは、日本語の短歌は圧倒的に語が少なく短いこと。詠む時間が短いことは最大のアドバンテージだった。長ければ長いだけ敵に先手を打たれる可能性が高くなるからだ。
「遠いご先祖を恨むわー。なんでこんな短い歌ばっかり作ったかなぁ」
キョーコがボヤく。第三〇八銀河方面第六警戒線で哨戒、迎撃活動を行っているのはたった七機しかない。厳密には従来兵器型であればいくらでも在庫はあるのだが、役に立たないので軒並み倉庫で埃を被っている。そしてこの宙域で日本語を扱えるものは、第五言語話者を含めても八人しかいない。どの戦線でも日本語話者は手放せず、その結果消耗を重ねてジリジリと減っている。
「そのおかげで危険手当は取り放題なんだから、それでいいじゃない」
一応言い返しておいたものの、正直このままではじり貧なのは間違いない。さっきだって私がカバーしなければキョーコは撃墜されたかもしれない。そうなれば機体は六機に減り、話者は七人に減る。それが今日じゃなかっただけで、明日そうなっても不思議はどこにもないのだ。
日本語話者が摺り潰されるのが先か、戦争が終わるのが先か。それは誰にもわからない。
そもそもなぜ言霊エネルギーが武器になるのかが明らかになる日が来るのかすら。音のない宇宙空間で言葉で戦うというナンセンスの塊のようなこの原理は、いまだに全貌が明らかになっているわけではない。
それがわかれば少しは何かが変わるかもしれない。期待は薄いけど、自分の命を預ける武器の原理すらよくわかっていないのは気持ちが良いものではない。しかしいまだにそのあたりはブラックボックスの極みで、整備も一苦労らしい。
一応軍司令部あたりでは日本語話者の育成に力を入れているとは聞いている。しかし、ただ詠むだけでなく、短歌という圧縮された詩形に込められた意味を理解し、局面に合わせてどの歌を選ぶか。それを適切に行える人材ともなると、一人前の育成には何年もかかる。
その貴重な日本語母語話者は、
かなり前、そう、私たちが生まれる前から、戦場に駆けつけ短歌を詠むパイロットたちを兵士たちはこう呼んでいた。
私たちTankerの役割はただ一つ。歌を詠み、敵を撃つ。話者が激減した絶滅危惧種としてではなく、華麗に戦う者として、ここにいる。日本語を話すことができる人間の価値など、それしか残されていないのだから。
私たちはこのだだっ広い
Tanker ーギャラクシー短歌戦争ー 涼風紫音 @sionsuzukaze
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