第3話
朝だと思われる時間に、僕たちは大広間に集まった。
でも、一人足りなかった。
「メイがいない」
シオンが不安そうに言った。
「部屋にもいなかったんだけど……」
僕たちは顔を見合わせた。
嫌な予感がした。
「探そう」
ガルドが立ち上がった。
僕たちは手分けして、王の間を捜索した。厨房、浴室、各部屋。どこにもいない。
「玉座の間は……?」
アリアが震える声で言った。
全員で玉座の間に向かう。
扉を開けた瞬間——
「あ……」
アリアが、小さな悲鳴を上げた。
メイが、倒れていた。
玉座の階段に、小さな体が横たわっている。
紺色のローブ。三角帽子が、転がっている。
胸には、深い傷があった。赤い染みが、ローブに広がっている。
「メイ……!」
アリアが駆け寄ろうとした。
「待て」
ガルドが腕を掴んで止めた。
「現場を荒らすな。まず、状況を確認する」
ガルドの声は冷静だったが、その目には怒りが滲んでいた。
僕もメイに近づいた。
彼女の胸には、深い刺し傷があった。何か鋭いもので刺されたような、明確な傷。
エクラとは違う。
こちらは、確かに人の手による殺人だ。
「誰が……誰がこんなことを……」
アリアが泣き崩れた。
「落ち着け」
ガルドが言った。
「犯人は、この中にいる。そうだろう?」
全員が、互いを見つめ合った。
疑念と恐怖に満ちた視線。
「昨夜の見張りはどうなっていた?」
ガルドが尋ねた。
「最後の見張りは……クロ、お前だったな」
クロが無表情に頷いた。
「そうだよ。でも、僕は何も見ていない」
「本当か?」
「本当」
クロの赤い瞳が、じっとガルドを見つめる。
「信じられないな」
シオンが言った。
「だって、クロが見張りの時に殺されたんでしょ?クロが犯人じゃないの?」
「違う」
クロは静かに否定した。
「僕は殺していない」
「証拠は?」
「ない。でも、僕は殺していない」
言葉に力がない。感情がこもっていない。
だから、余計に不気味だった。
「待って」
僕は割って入った。
「決めつけるのは早い。まず、メイがいつ殺されたのか確認しよう」
僕は遺体に近づき、左手を伸ばした。
また、あの能力を使う。
触れた瞬間、視界が歪んだ。ノイズ。データの羅列。
名前:メイ・アルカディア
ステータス:削除済み
削除時刻:03:47:22
実行者:不明
バージョン:7841
エラーコード:UNEXPECTED_TERMINATION
削除済み。またその言葉だ。
そして——バージョン7841。
エクラは7840だった。一つ増えている。
削除時刻は03時47分。クロの見張りの時間帯だ。
でも、実行者は不明。
不明とは、どういうことだ?
「どうだ?」
ガルドが尋ねた。
「削除されたのは、午前3時47分。クロの見張りの時間だ」
「やっぱりクロじゃないか!」
シオンが叫んだ。
「違う!」
クロが初めて、感情的な声を上げた。
「僕は殺していない。信じてくれ」
「信じられるか!証拠がないじゃないか!」
「待て」
ガルドが二人を制した。
「クロ、お前は本当に何も見なかったのか?怪しい人物、物音、何でもいい」
クロは少し考えてから、答えた。
「……一つだけ。窓の外で、光が見えた」
「光?」
「青白い光が、一瞬だけ走った。でも、すぐ消えた」
「それだけか?」
「それだけ」
ガルドは腕を組んで考え込んだ。
「光……何の光だ?魔法か?」
「分からない」
シオンが不満そうに言った。
「結局、クロが一番怪しいじゃん。光なんて、嘘かもしれないし」
「僕は嘘をついていない」
クロの声は、相変わらず平坦だった。
緊張が高まる。
その時、アリアが立ち上がった。
「やめてください!」
震える声だったが、強い意志がこもっていた。
「疑い合っても、何も解決しません。それより、ここから出る方法を考えましょう」
「でも、犯人を放っておくわけには……」
「犯人は、きっと見つかります。でも今は、全員で協力しないと……」
アリアの言葉に、全員が黙り込んだ。
確かに、アリアの言う通りだ。
このまま疑い合っていては、全員が死んでしまう。
「分かった」
ガルドが頷いた。
「今は、脱出を優先しよう。だが、警戒は怠るな」
全員が同意した。
僕たちは、扉を調べることにした。
玉座の間の奥には、大きな扉がある。今まで開かなかった、封印された扉。
シオンが罠解除を試みた。
「ダメだ。これ、普通の錠じゃない。魔法の封印だ」
「メイなら解けたかもしれないのに……」
アリアが悔しそうに呟いた。
そうだ。メイは魔導師だった。
彼女なら、この封印を解けたかもしれない。
でも、もういない。
「他に方法はないのか?」
ガルドが尋ねた。
「窓は?」
ノアが小さく言った。
全員が窓を見た。
「試してみよう」
ガルドが盾で窓を叩いた。
しかし、窓ガラスは割れなかった。見えない壁があるかのように、盾が跳ね返される。
「何だ、これは……ガラスじゃない」
ガルドが驚いた顔をした。
「バリアですわね」
声がした。
全員が振り返った。
でも、誰もいなかった。
「今の声……」
アリアが震えた。
「メイの、声……?」
「幻聴だろう」
シオンが言ったが、声が震えていた。
違う。今の声は、確かに聞こえた。
メイの声が。
でも、メイは死んでいる。
「おかしい……何もかもがおかしい」
僕は呟いた。
その時だった。
視界が、突然暗転した。
真っ暗になった世界が、また元に戻る。
いや——違う。
何かが、変わっていた。
僕たちは、玉座の間にいた。
でも、メイの遺体がない。
エクラの遺体もない。
「え……?」
アリアが混乱した声を上げた。
「死体が……消えた?」
全員が、戸惑っている。
ノアが小さく呟いた。
「……戻った」
「戻った?何が戻ったんだ?」
僕は聞き返した。
ノアは答えなかった。ただ、俯いているだけ。
「とにかく、状況を確認しよう」
ガルドが言った。
僕たちは再び、各部屋を確認した。
そして、分かった。
全てが、最初に戻っていた。
エクラの首なし死体が、玉座の前にある。
そして——メイが、生きていた。
「え……なに、これ……」
シオンが混乱している。
「さっきまで、メイは死んでたよね?でも、今……」
メイが不思議そうに僕たちを見ている。
その表情は、完璧に困惑しているように見えた。
「何を言っているんですの?私、ずっとここにいましたけど」
「嘘だ!」
シオンが叫んだ。
「さっき、あんたは死んでた!玉座の階段で!」
「死んでた、ですって?」
メイは眉をひそめた。
「意味が分かりませんわ」
僕は、理解した。
これは、ループだ。
何かが起きて、時間が巻き戻った。全員の記憶も、リセットされている。
いや、違う。
僕たちは覚えている。メイだけが、覚えていない。
「これは……」
ガルドが低く呻いた。
「まさか、時間が……」
「戻ったんだよ」
クロが無表情に言った。
「ループした。メイが死んだから」
「ループ……?」
アリアが震える声で繰り返した。
「そんな……そんなこと……」
僕は、左手首を見た。
刻まれた文字列が、微かに熱を持っている。
そして、気づいた。
この文字列の一部が、変わっていた。
LOOP_7841
ループ、7841回目。
つまり僕たちは、もう何千回もこれを繰り返しているのか?
「信じられない……」
シオンが頭を抱えた。
「じゃあ、僕たちは何度も何度も、ここで殺し合いを……」
「落ち着け」
ガルドが冷静に言った。
「まず、確認すべきことがある。ループの条件だ」
「条件……?」
「そうだ。何が起きたらループするのか。今回はメイが死んだ。では、他の誰かが死んでもループするのか?」
恐ろしい問いだった。
でも、確かめる必要がある。
「試すわけにはいかないだろう。誰かを殺して確かめるなんて」
僕は言った。
「そうだな」
ガルドが頷いた。
「では、別の方法で調べよう。ループを止めるには、ここから出るしかない」
全員が同意した。
でも、僕の心には、別の疑問が渦巻いていた。
なぜ、僕たちはループを覚えているんだろう。
メイは覚えていないのに。
そして、このループは誰が作ったんだろう。
何のために。
窓の外を見た。
空の色が、また微妙に違っていた。
ループするたびに、何かが変わっている。
その意味を、僕はまだ理解できていない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
この密室には、秘密がある。
そして、その秘密を解かない限り、僕たちは永遠にここに閉じ込められる。
「レン」
アリアが僕の袖を掴んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫、じゃないけど……頑張るしかないよね」
苦笑いを浮かべた。
アリアも、不安そうに微笑み返した。
「はい。一緒に、頑張りましょう」
その言葉が、少しだけ心を温めてくれた。
絶望的な状況でも、誰かと一緒なら。
少しだけ、勇気が湧いてくる。
僕たちは、再び探索を始めた。
ループの謎を解くために。
そして、この密室から脱出するために。
長い、長い戦いが始まろうとしていた。
次の更新予定
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