僕はまだ知らない
小石原淳
第1話 未知
エンドマークが出たあと、僕――
映画のタイトルは『誘拐喪失』といって、文字通り誘拐を扱っている。一応、ミステリーのジャンルに分類されるんだろう。夏休み初日、女子小学生が誘拐されるが、直後に起きたある事故に巻き込まれた結果、被害者の女の子も犯人も記憶をなくしてしまう。犯人は誘拐の決行前に綿密な計画を立て、山奥の寒村にある一軒家に一時的に住まわせる準備を万全整えた。女児のプロフィールも調べ尽くしていた。そして、記憶喪失後も、女児に関することはしっかり覚えている。なので、女児を自分の子なのだと勘違いする。
一方、女児は、最初は自分の記憶が消えたことに不安を覚えたが、犯人が小細工のために用意した合成写真などを目にして、自分はこの人の子供なんだとこれまた勘違い。こうして、奇妙な親子の暮らしが始まる――といった辺りまでが導入部。
このあと、わけあって誘拐事件はいつまで経っても公開捜査にならず、そのおかげで、被害者と犯人は平和な日常をしばらく送る反面、山奥とあって野生動物の存在が危機をもたらすようになってくる。とまあ、その後も波瀾万丈な展開が続くのだが、ネタを割るのはここまでにしておこう。祝日の午後の時間を費やすに値する、面白い物語だったことは保証する。
それで、僕が映画館で観たいと感じたのは、ストーリー以外に理由がある。主人公の一人・女子小学生役を務めた
撮影当時は多分、小学五年生。五年なら役柄と一緒だが、少し大人びて見えた。今どきの小学生らしいこまっしゃくれた感じや大人の真似をしたような物言いをすることがあるかと思えば、イメージ通りの子供らしい純粋さを自然に漂わせることもある。硬軟(と言うのは変かもしれないけど)自在の演技力は、演技と思えぬほどで引き込まれてしまった。ちなみに美少女か否かと問われたら、恐らく万人が美少女と答えるだろう。そんな見た目のきれいさや小さな身体に似合わず、アクションシーンまでこなしたから驚いた。そりゃまあ、多少はCG何かを用いているんだろうけど、どう見ても実写だよなという場面まであって、頬にできた傷は本物としか思えなかったくらいだ。
新人とあるが他に出演作がないか、調べてみたけれども、やはりこの映画出演が正真正銘のデビューらしい。監督がオーディションで選び、育て上げたという。よくぞ見付けてくれましたと監督の慧眼を称えたい。いやいや、誰が審査員であっても、野森千里を見逃すなんてことはあり得ない。
応援を兼ねて、次の日曜に映画館へ足を運ぼうと心に決め、ネットで近場の上映館を探し、チケットを押さえた。
と、それが済んだタイミングで、丁度三時になった。毎日午後三時は、登録しているポイントサイトのミニアンケートに答えるのが習慣になっている。はっきり言ってどーでもいい内容の二択アンケートに五問答えるだけで一日十円分のポイントが確実にもらえ、さらに抽選で一万円分が当たるチャンス付き。広告がウザいが、すきま時間にやる分には悪くない。登録者数が今より少なかった頃に、二度、一万円が当たったせいもあって、やめられなくなっている。
今日の設問はとみると、やはりくだらない。ある言葉を知っているか?という形式の問いが多い。「ミニ新幹線を知っているか?」「カシアス・クレイを知っているか?」「ルリアンコウモドキを知っているか?」「“泣いて馬謖を斬る”を知っているか?」「メキシコサラマンダーを知っているか?」の五つに対し、イエスかノーのいずれかをクリックする。やり始めた頃は、僕も純粋だったと言うべきか、真面目に考えていた。難しげな漢字の熟語なんかは、知らないと答えるのが何だか恥ずかしい気がして、念のために検索して意味を突き止めてからイエスをクリックしていたものだ。
しかし、知っていようがいまいが、もらえる基本ポイントは同じだし、一万ポイントの当選確率も変わりがないようだと分かってから、そりゃあいい加減になった。適当に、そのとき指先が近かった方をクリックして、五問をとっとと終わらせる。それで充分なのだ。今日は全部イエスにクリックしてやったが……自信を持って説明できるのは二つだなあ。ま、いいでしょ。これで当たってくれたら、映画代が助かって、お釣りが来る。
それから僕は飲み物と菓子を用意して、再びネットの世界に没頭した。暇なときはこうして、ニュースサイトで気になる見出しをいくつかピックアップして、ざっと読む。強く惹かれた記事にはちゃんと目を通した。
気になるといっても、政治や経済ネタではもちろんない。世間的に大きな話題になっている事件の続報とか、世界各地の珍事件とか、もしくは釣られても構わないからエロを想起させる見出しを好んで開く。
それが済むと、今度は動画漁りだ。
次の更新予定
僕はまだ知らない 小石原淳 @koIshiara-Jun
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