第3話 御隠居ダンジョン


 前にも言いましたが、人間の脳髄というものはダンジョンそのものです。どんなに几帳面な人でも、整理整頓が趣味の人であっても、さまざまな情報が入り乱れています。求めている情報を取り出すことは、本人であっても難しい。


「親方ぁ、どこですかーっ」

「ハチ、意外と早かったな」


「ここが御隠居の頭の中ですか。ゴミ置き場に迷い込んだみたいに、ゴチャゴチャしていますね」

「だからこそ、〈探り屋〉の経験が活きる。ダンジョンの壁に触れて情報に入手したり、時々、口に入れて味を確かめたりしながら、進むべき方向を決めるんだ」


「なるほど、なるほど」

「隠し事というものは、ダンジョンの奥にしまってあることが多い。問題は、いかに短いルートでそこに辿り着くかだ」


 例えば、本人の性格や好みの料理、普段の生活ぶりなどが、重要な手掛かりになります。

 私が今、目印にしているものは、唐草模様でした。これは御隠居お気に入りの煙草入れは唐草模様だったことからきています。なぜなら、人は好みのものを使って、大事なものを覆いつくそうするからです。


 どうやら、御隠居もそのタイプのようでした。私には核心に近づいている手ごたえがあります。これは意外と簡単に見つけられるかもしれません。


「親方、こいつは何ですか?」

 振り返ると、ハチが唐草模様の瓢箪ひょうたんを手にしています。

「こら、勝手に触るんじゃない」


 次の瞬間、床が割れて、大きな虎が現れました。殺気をはらんだ顔つきで、今にも襲いかかってきそうです。

 私はハチの手から瓢箪を奪い取り、虎に向かって投げつけました。見事命中。虎が瓢箪から零れ落ちたお酒をなめると、みるみる巨体が縮んでいきます。

 虎猫の姿になって、「にゃあ」と、ひと鳴き。瓢箪をくわえて、床の裂け目に逃げ帰っていきました。


「くわばらくわばら、親方、今の化け物は一体なんですか?」

「ハチが勝手に触ったから、御隠居がむかっ腹を立てたんだ。おまえだって、いきなりまげを引っ張られるのは嫌だろう」


「ええ、まあそうですね」

「ここは御隠居の頭の中で、私たちは異物だ。御隠居に余計な刺激を与えると、鬼が出るか蛇が出るか、たちまちダンジョンから攻撃を受けるぞ」


「へぇ、わかりやした。どうも、すみません」

「長居は無用だ。お宝を見つけて、さっさと退散するとしよう」


 私たちは慎重に歩みを進めました。刺激さえ与えなければ、ダンジョンは穏やかなままです。やがて、壁や天井が唐草模様の一角に辿りつきました。

「どうやら、ここのようだな。〈探り屋〉の勘がそう告げている」


 私が壁に手をつくと、長方形が二つ並んだ切れ目が入り、それは観音開きになりました。どうやら、探し求めていたお宝は、この中にありそうです。取っ手を握って開けてみると、案の定、唐草模様の壺がありました。


 私は壺を取り出そうとしたときのこと、

「あぐっ」

 いきなり後頭部を強打され、私は意識を失ってしまいました。


                   ×


 おいらが〈探り屋〉の弟子になったのは、やけに実入りがいいと聞いたからだ。はっきり言うと、カネのため。カネ以外の何物でもねぇ。親方は若旦那と隠し資産の一割をもらうと話をつけましたが、何を考えてんだって話です。


 お宝の場所がわかったら、若旦那には適当なことを言って、ごまかしておけばいいんです。あとで夜中に忍び込み、お宝すべてを盗んでしまえばいい。隠し資産が十億だったら十億、百億だったら百億をいただいてしまえって寸法ですよ。


 親方の見つけた唐草模様の壺ですが、持ち上げてみると意外と軽い。まさか空っぽじゃねぇだろうな。あわてて壺に手を突っ込んでみると、中に入っていたのは一枚の紙きれ。


 書かれていたのは、「井戸の底」という四文字でした。これが隠し資産の在り処というわけか。そうとわかれば、ダンジョンに用はない。さっさと帰ることにしやしょう。


 親方は相変わらず突っ伏したままです。もしかしたら、おっんじまったのかもしれません。短い間だったが、親方には世話にはなった。とりあえず、拝んでおこう。ナムアミダブツナムアミダブツ。



                  *


 なんて言っていたことは、すっかり耳に入っていました。どうやら、私はハチの人となりを見誤っていたようです。すたこらさっさと立ち去っていきましたが、一体どこに行こうというのでしょう。


 とりあえず、ハチのことは放っておくことにします。隠し資産の在り処はわかりましたし、いくつかの問題はありましたが、予定通りと言っていいでしょう。あとは御隠居の頭の中から出るだけ。何と言っても、無事帰ってくるまでがダンジョンですからね。


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