第2話 頭にもぐる
さて、数日後のこと。
「親方ぁ、親方ぁ」
「どうした、ハチ」
「ことぶき屋の若旦那から依頼がありました。屋敷の中にあるはずの隠し資産を見つけてもらいたいそうですよ」
「隠し資産というからには、若旦那が隠したわけじゃなさそうだね」
「へぇ、隠したのは御隠居さんになります。つい先日、脳梗塞をおこして意識不明になってしまったとか。医者によると回復の見込みは薄く、至急、隠し資産のありかを探ってほしいと言われました」
「なるほど、私が
「もぐる? 頭の中にもぐるんですかい? それはまた一体どうやって」
「何を言っている。もう忘れたのかい。つい先日、おまえに教えてやったばかりだろ」
「へへ、すいません。物忘れだけは誰よりも早くて。それはそうと、親方にお願いがあります。どうぞ、親方の仕事ぶりを見学させてください」
「うーん、そいつも十年早いかな」
「親方ぁ、ケチくさいことを言わないで、見学させてくださいよぉ」
「甘えた声を出してもダメだ。私のノウハウは企業秘密だからね。だが、実際に見て覚えないことには、何の役に立たないのも事実。よしわかった、見学させてやろう。ただし、私の命令には絶対に従うこと」
「へへーっ」
こうして、私はハチをつれて、ことぶき屋に出向きました。ことぶき屋は日本橋にある呉服屋で、知らぬものがいないほどの
まず、若旦那と打ち合わせを行いました。御隠居の病状や性格など、お宝探しのヒントになりそうな情報を収集。脳髄というダンジョンの中では、情報がものをいいます。情報の取捨選択こそが、お宝探しのポイントといってもいいでしょう。
また、これは極めて大事なことですが、報酬として隠し資産の一割をいただくことに落ち着きました。例えば、隠し資産が一億円なら報酬は1000万円というわけです。ちなみに、これは標準的な価格設定です。
「親方、隠し資産が十億円なら一億円、百億円なら十億円ですよ。ぜひ、あっしも一緒に行かせてくだせぇ」ハチはすっかり目の色が変わっています。
「ハチ、命を賭ける覚悟があるのか? ダンジョンから無事帰ってこられなければ、生きる屍になってしまうんだぞ」
「生きる屍とは何ですか?」
「意識を失ったままの植物状態ということだ」
「はぁー、それは激ヤバっすね」
私たちは御隠居の部屋に移ると、若旦那に人払いをお願いしました。もちろん、〈探し屋〉のノウハウは企業秘密だからです。「鶴の恩返し」よろしく、こちらから呼ぶまでは、声をかけないで欲しい、と伝えておきました。
さて、作業にとりかかろうとした時のこと、ハチが神妙な顔つきになり、
「親方、覚悟を決めました。やっぱり、おいらも一緒に行かせてくだせぇ」
「十年早いと言いたいところだが、そこまで言うなら連れて行ってやろう。ただ、ダンジョンでは私の指示に従うこと。それが守れなければ、おまえは最悪、生きる屍になるんだからな」
「へぇ、わかりやした」
私は〈マジカルタオル〉を丁寧に折りたたむと、そっと御隠居の額に置きました。次に特殊なオイルを落とし、御隠居の脳髄をタオルになじませます。しばらくして、私は御隠居の横に寝転ぶと、タオルを御隠居の額から私の額に移しかえました。
「これで準備は整った。ハチ、5分たったら、おまえももぐってこい。なに、このタオルを額にのせるだけだ。簡単だろ」
そう言って、私は御隠居の頭の中にもぐっていったのです。
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