第6話 海底道をゆく

「じゃあ、ツァカム様」

マテオは井戸を見下ろしながら言った。

「俺は多分……もう戻ってこないと思います。ここでお別れですね」

「うむ」


ツァカムは杖を突き、うなずいた。

「達者でな。まあ……無事に渡りきったらの話じゃがの」

「縁起でもねぇな」

インティが言った。

「でも俺達は一旦また戻ってくるよ」

「ほお、なかなかいいセンいっているかもしれんな」


三人はそれぞれ飴玉を食べた。

「お、イチゴ味だ」

「俺のはメロン」

インティが言う。

「……普通にうまいな」

「俺のは……ハッカ」

ベンハミンが顔をしかめた。

「なんで俺だけ……」

「好みの問題だろ、ハッカだってうまいだろ」

マテオは即座に切り捨てた。


そして三人は飴玉を三個ずつ受け取った。

「じゃあ、行くか!」

マテオが言った。

「健闘を祈る!」

ツァカムが手を振った。

次の瞬間――

三人は、順に井戸へと飛び込んだ。


「……おお」

インティが目を見開いた。

「マジで息できるぞ!」

「時間を忘れるな」

マテオが言う。

「一時間ごとだ」

三人は、静かな海底道を歩いた。


――一時間後。

ベンハミンは立ち止まり、飴玉を差し出した。

「……ほら」

マテオとインティがそれぞれを受け取り、口に入れる。

ベンハミンは残った一個を食べた。

「じゃあ、俺は一旦引き返すよ、一時間で戻ればいいんだな」

ベンハミンが言った。

「おう、じゃあ、ツァカム様のところで待っててくれ」

マテオが言った。


今、マテオとインティは三個ずつの飴玉を持っている。


マテオとインティは更に一時間歩いた。

「はいよ」

インティが飴玉を一つ投げ渡す。

「時間、忘れるなよ」

「分かってる」

マテオは受け取り、口に入れた。


「じゃあ、俺は二個残ってるから、二時間でツァカム様のところに戻ればいいんだな」

「そうだ、じゃあ、ツァカム様のところで待っててくれ」


インティは引き返し、マテオは先に進んだ。


更に一時間後、マテオは一個飴玉を食べた。残り二個。

更に一時間後、一個飴玉を食べて、残り一個。

更に一時間後、いわゆるツァカムの神殿から出発して五時間後、最後の飴玉を食べた。


「よし、あと一時間歩けばちょうど六時間、そこにバルブがあるはずだ!」

歩く速度を上げる。


およそ一時間後、前方に光が見えた。

「……あれだ」

出口だった。


水面を抜けると、久しぶりの空気が肺に流れ込む。

「……っ」

目の前には、巨大なバルブ。

「これか!」


マテオは全身の力を込めて回した。

――ゴゴゴゴ……。

水位が、みるみる下がっていく。


「おお、海水が抜けていっているぞ!」

インティが叫んだ。

「マテオ、ゴールにたどり着いたんだね」

ベンハミンが言った。


「……ここからが、本当の帰り道だな」

インティが言う。

「また六時間歩くのか」

「いいじゃないか」

ベンハミンは、少しだけ笑った。

「生きて歩けるんだから」


「おぬしら、よかったのう……、次こそは幸せに生きるのじゃぞ……」

「おう、ありがとう、ツァカム様!」

インティが元気よく言った。

「ツァカム様、これでお別れですね……お元気で……」

ベンハミンが深く頭を下げた。

「うむ……達者でな……、マテオにも宜しく伝えておいてくれ」


インティとベンハミンは、乾いた海底道を歩き続けた。

――六時間後。

出口で、マテオと再会する。


三人は、何も言わずに顔を見合わせ――

そして、同時に大きく息を吐いた。

「……生きてるな」

マテオが言った。

「ああ」

インティが笑う。

「奇跡的にな」

「……もう一回やれって言われたら、断るけど」

ベンハミンが本音を漏らした。

三人は、静かに笑った。

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