第5話 飴玉三個と、無理難題

「おぬしたち、食事は堪能したかの?」


「ええ……とても……」

マテオは目を泳がせながら答えた。

「……美味しかったです……」


「そうか、そうか」

ツァカムは満足そうに何度もうなずく。


「では、海底道の入口に連れていくかの。ついて来い!」

そう言うとツァカムは、

「よっこらしょい」

と年寄りらしい掛け声を上げて立ち上がり、奥へ歩き出した。


「……なあ」

インティが小声で囁く。

「腹、大丈夫か?」

「今のところはな」

マテオが答える。

「痺れも、視界のぼやけもない」


三人はツァカムの後について、神殿の奥へ進んだ。

やがて現れたのは、下へ下へと続く螺旋階段だった。

「海底道の入口は地下深くにあるんじゃ」

ツァカムが言う。

「なんせ、海の底の道じゃからな」


どれほど降りただろうか。

足が笑い始めた頃、ようやく開けた場所に出た。

そこには――

巨大な井戸のような穴が口を開けていた。


「……これ、井戸ですよね」

マテオが確認するように言う。

「そうじゃ」

ツァカムは即答した。

「この井戸を潜って行くのじゃ」


「えっ」

マテオが固まる。

「……潜る?」

インティが聞き返す。

「ど、どれくらい……?」

ベンハミンが恐る恐る尋ねた。


「六時間ほどじゃな!」

「そんなの無理!!」

ベンハミンが泣きそうになりながら言った。

「俺たち、魚じゃねぇんだぞ!!」

インティが叫んだ。


「落ち着け」

ツァカムは杖で床をコツンと叩いた。

「ちゃんと助け舟は用意しておる」


そう言って取り出したのは、

色とりどりの――飴玉だった。

「この飴玉を舐めれば、一時間は地上と同じように呼吸しながら海中を進める」

「……飴?」

インティが目を細める。

「命懸けの場面で、飴?」


「失礼な」

ツァカムは胸を張る。

「海神特製じゃ」

「へぇ……」


マテオが慎重に言う。

「ですが、六時間潜るなら……」

「一人、三個までじゃ」

ツァカムはぴしりと言った。


「ここて一個食べて、三個まで持っていっても良い、じゃが、四個以上持とうとすると、不思議と消えてしまう魔法がかかっておる」

「なんでそんな意地悪な魔法を……」

インティが呆れる。


「向こう岸にたどり着けば、バルブがある」

ツァカムは続ける。

「それを回せば、海底道の水は外へ流れ、道の中は空気で満たされる」

「つまり……」

マテオが整理する。

「誰か一人が、向こう岸まで行ければいいんですね?」

「そのとおりじゃ」


「そんな方法あるか!?」

インティが叫ぶ。

「三人で六時間だぞ!? 飴三個で!」


「答えは教えん」

ツァカムはあっさり言った。

「教えたら神々の掟違反じゃ。わて、称号を剥奪されてしまうわ」

三人は揃って黙り込んだ。

「……」


ベンハミンが震える声で言う。

「向こう側に、たどり着いた人は……いるんですか?」

「おる」

ツァカムは頷いた。

「数百年前じゃったな。おぬしたちと同じ……三人組じゃ」


「……なら」

マテオはゆっくり息を吸った。

「方法は、ある」

「そうだ!」

インティが言う。

「考えようぜ!ここまで来たんだ!」

「……考えないと、死ぬだけだし……」

ベンハミンも小さく続けた。


三人は井戸の縁に腰を下ろし、黙って考え込んだ。

波の音だけが、遠くで響いている。

――しばらくして。

「……分かったぞ」

マテオが顔を上げた。


「本当か!?」

インティが身を乗り出す。

「……生き残れる方法なんだろうな……?」

ベンハミンが恐る恐る聞く。

マテオは二人を見て、静かにうなずいた。

「やれる」

「……賭ける価値はある」

マテオは、二人にその方法を伝えた。

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