第3話 羽蛇の星を頼りに東へ

東の夜空に、蛇のように連なる星々が昇っていた。

羽蛇(はじゃ)の星――この地方で、旅人を導くとされる星座だ。


「間違いない」

マテオは櫂を握ったまま、星を見上げて言った。

「あの星の方向が東だ」


「本当に大丈夫なんだろうな?」

インティが夜空と海を交互に見て言う。

「星なんて、全部同じに見えるんだけど」

「だから間違える」

マテオは即座に返す。

「余計なことは考えるな。漕げ」


三人は、羽蛇の星を道しるべに、黙々とボートを漕ぎ続けた。

運が良ければ、本土へ通じる海上神殿にたどり着く。

最悪でも、どこかの無人島に流れ着ければいい――はずだった。


漕ぎ続けて三日目。

カフル島から持ってきた水も食料も、底が見え始めていた。

見渡しても、あるのは水平線だけ。


「なあ」

インティが低い声で言った。

「神殿はおろか、島すら見えねえぞ」

「……なあ、マテオ」

今度はベンハミンだ。

「俺達、生きていられるかな……、死ぬんじゃないか……」

ベンハミンが弱気に言う。

「弱気なことを言うなよ!とにかく漕ぐしかねえ」

マテオが言う。


「でもさ」

インティが、わざと軽い調子で言った。

「伝説の神殿ってのは、最後にドンと出てくるもんだろ?

 今は“溜め”の時間なんだよ、きっと」

「……そういう問題じゃない」

ベンハミンは声を落とした。

「水も残り少ないし……もし嵐が来たら……」


「嵐なんて来ねえよ」

インティは笑った。

「ほら、空もこんなにきれいじゃん」

「根拠がなさすぎる……」

ベンハミンは思わず言い返す。

「そうやって楽観するから――」


「じゃあどうしろってんだ?」

インティの声が少し荒くなる。

「ずっと『死ぬかも』って言い続けるのか?」


空気が、ぴりりと張りつめた。

櫂を漕ぐリズムが、わずかに乱れる。

ボートが軋み、進行方向がずれた。

「……二人とも、やめろ」

マテオが低く言った。

「今は喧嘩してる場合じゃない」

だが、ベンハミンは俯いたまま黙り込み、

インティは舌打ちして前を向いた。


三人の間に、目に見えない溝が生まれ始めていた。

そのときだった。

「……おい」

マテオが前方を見つめて言う。

「何か、見えないか?」

暗い海の向こう。

霧の中に、ぼんやりと影が浮かんでいる。


「あれ……」

インティが目を凝らす。

「島……じゃないよな?」

「……建物だ」

マテオが言った。

霧が晴れるにつれ、それははっきりと姿を現した。

海の上に、堂々と佇む巨大な建造物。


「おいおいおい!」

インティが叫ぶ。

「あれじゃないか!? 海上神殿ってやつ!」

「……本当に、あった……」

ベンハミンは信じられない様子だった。

「噂話じゃ……なかったんだ……」


「喜ぶのは後だ」

マテオは言う。

「まだ着いてない」

「いや、でも!」

インティは興奮を隠せない。

「見えただけでテンション上がるだろ!やっぱり今までは溜めの時間だったんだよ!」


三人は、最後の力を振り絞って櫂を漕いだ。

波に煽られ、風に流され、それでも進む。


やがて、ボートは神殿の影に入り――

三人は、海上神殿の前へとたどり着いた。

「……生きて着いたな」

マテオが言った。

「生きてる……」

ベンハミンは胸を押さえた。

「奇跡だ……」


マテオは小さく息を吐き、神殿を見上げた。

「……さて」

「ここからが、本番だ」

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