第2話 自転する殺意
魔の森。
そこは、凶悪な魔獣が跋扈し、通常の人間なら一時間と持たずに骨になる死地だ。
父はハルトをそこに放り込んだ。 武器はナイフ一本。水も食料もない。
「一ヶ月だ。生きて戻れば認めてやる」
最初の数日は、逃げ回るだけで精一杯だった。 魔狼の牙が脚をかすめ、毒虫が皮膚を食い破る。 「固定」で足止めしようとしても、魔物の筋力には抗えず、すぐに解除されてしまう。
(殺せない。止められない。俺はまた、何も守れずに死ぬのか?)
泥水をすすりながら、ハルトは夜空を見上げた。 満天の星。
世界はこんなにも静かなのに、どうして自分だけがこんなにも苦しいのか。
ふと、マリアが読んでくれた本の内容を思い出す。
『この大地は、丸く、そして凄まじい速度で回っている』
天動説が主流のこの世界で、禁書とされていた地動説の本。
「……回って、いる?」
ハルトは震える手で、足元の小石を拾った。
これまでは、対象を「地面に対して」固定していた。 だから、地面と共に動いていた。
だが、もし。 この星の動きから切り離して、宇宙空間の一点に「座標」を固定したら?
地球は自転している。
その速度は、場所にもよるが時速千キロメートルを超えるという。
「……やってやる」
目の前に、巨大な魔熊が現れた。 ハルトに向かって突進してくる。 死の恐怖が迫る中、ハルトの思考は冷たく研ぎ澄まされていく。
(座標指定。対象、小石。相対座標――宇宙……空間。)
「固定(フィックス)」
ハルトが指を離した瞬間。 小石はその場に留まった。
だが、地球は猛烈な速度で回転(移動)している。
相対的に見れば、小石が超音速で飛来したのと同義になる。
ドンッ!!!!
爆音と共に、魔熊の上半身が消し飛んだ。 小石が音速を超えて衝突し、肉塊へと変えたのだ。血の雨が降る中、ハルトは立ち尽くしていた。
「……なんだ。簡単じゃないか」
自分の力が「弱い」のではない。使い方が「優しすぎた」だけだ。
星の自転エネルギーを利用すれば、どんな堅牢な鎧も、どんな強力な結界も、紙切れ同然に貫ける。
「これで、殺せる」
ハルトの瞳に、暗い確信の炎が宿る。
◇
数年後。 魔の森から生還し、クイル家の「最高傑作」として磨き上げられたハルトの前に、父が立った。父は一枚の羊皮紙を投げ渡した。
「顔を変え、名前を捨てて『聖騎士団』に入団しろ。そしてマリアを殺した裏切り者を探し出せ。奴は騎士団の上層部にいる」
ハルトは羊皮紙を手に取り、無表情に頷いた。
「了解。……その男を見つけたら?」
「好きにしろ。クイル家の流儀でな」
ハルトの口元が、わずかに歪んだ。
それは笑みのようであり、泣き顔のようでもあった。
「行ってきます。カイとして」
『座標固定』の暗殺者 ~「役立たず」と捨てられた俺は、万物を停止させる力で聖騎士団への復讐を誓う~ 米澤淳之介 @yone0806
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