キミと僕が家族になるための唯一解

ニシマ アキト

不幸な少年少女の話

第1話

 クズで臆病でちっぽけな僕が生きていくための希望の光――南さやかさんが行方不明になってから、そろそろ二週間が経とうとしていた。その事態を受けて小学校では集団登下校の制度が設けられ、先週から他学年の見知らぬ児童たちとともに登下校しなければならなくなった。僕はそれがとても憂鬱だった。

 僕たちのグループは七人構成で、六年生が三人、二年生が二人、四年生が僕を含めて二人だった。六年生は全員が男子で、集団の先頭で横並びになり、体操服の入った袋を蹴飛ばしながら談笑している。たまに気が狂ったような大声で同時に笑うのが怖かった。二年生は二人とも女子で、六年生のすぐ後ろでぼそぼそと何かを囁き合っている。時折ちらちらと最後尾の僕らに視線を送ってくるのが不快だった。僕の容姿に関する悪口でも言い合っているのだろうか。

 僕は教室でもずっと、そういう冷たくて粘ついた視線を浴びていた。休み時間、僕が自分の席に座っていると、教室の後方に固まっている女子たちは僕を指さしてくすくす笑い始める。僕がただそこにいるというだけで、クラスの女子たちは僕を嘲笑う。僕がそいつらを睨みつけても、彼女らはお構いなく、むしろより一層僕を面白がる。非常に不愉快だった。

 けれど、南さんと同じクラスになってからは、もうそんな不愉快な思いをせずに済んでいた。

 彼女たちが笑っていると南さんが近寄って、「ねぇ、さっきからずっと何を笑ってるの? 何か面白いことでもあった? よかったらわたしにも聞かせてくれない?」と笑顔で話しかける。笑っていた理由を説明できない女子たちは、ぎこちない様子で教室から出ていく。そうしたやり取りを南さんは何度か繰り返し、やがて、女子たちが僕を指さして笑うことはなくなった。

 もし南さんが「星見くんのこと指さして笑うのやめなよ! 星見くんの見た目に、何も変なところなんてないでしょう?」と女子たちを一喝していたら、僕は南さんのことを一気に嫌いになっていたかもしれない。でも実際の南さんは、そういう安っぽい正義感に任せた方法は逆効果だと知っている。南さんはうちのクラスの担任教師よりもよっぽど聡明な人なのだ。

 その他にも、南さんはことあるごとに僕のことを気にかけてくれた。

 僕はこの見た目のせいで同級生たちに避けられ、クラスで孤立してしまっている。小学校の授業はクラスメイトと共同で行うグループワークが多くて、「配慮」という概念を知らない小学四年生の同級生たちは、露骨に僕を仲間外れにしようとした。そういうとき、見て見ぬふりをする担任教師と違って、南さんは必ず僕をフォローしてくれる。グループで行う調べ学習で僕の担当する仕事が不当に多かったときには、放課後の誰もいない教室に南さんが一緒に残って仕事を手伝ってくれた。図工の時間に、僕に割り当てられた彫刻刀が太くて使いにくいもの一本しかなかったときも、僕がトイレに行った隙に南さんが自分の彫刻刀の一部を僕の机の上に置いておいてくれた。

 南さんは決してみんなが見ている前で僕を助けるような真似はしない。クラスのみんなの前で僕を助ければ、僕への嫌がらせはエスカレートし、場合によっては南さんまで巻き込まれてしまう。南さんはあくまでこっそりと、決して周囲の人間に露呈しない形で、僕を助けてくれる。

 僕は南さんを尊敬していた。憧れてもいた。自分も南さんのように生きられたらいいと思っていた。

 南さんの存在が、世界で一番大切だった。

 そんな南さんが、二週間前に行方不明になった。ある日、門限を二時間過ぎても娘が帰ってこないことを不審に思った南さんの母親は、家の近所を走り回って必死に自分の娘を探したらしい。それから、クラス全員の家庭に電話して、娘を知らないか尋ねた。そのとき電話越しに聞いた母親の息切れした声が、今も僕の耳に生々しく残っている。結果、その日のうちに見つけ出すことはできず、南さんの両親は警察に通報した。それから二週間が経った今も、警察は南さんを見つけ出すことができていない。

 南さんが本当に消えてしまったら、僕はこれからどうやって生きていけばいいんだろう。

「ねえ、わたしたちもさやかのこと探そうよ。さやかが危険な目に遭っているかもしれないのに自分だけ普通に学校に通い続けているなんて、わたし耐えられない」

 僕の隣を歩いていた守山さんが、一歩前に踏み出す。

「さやかはまだこの街の中にいる。悪い大人に連れ去られて、酷い目に遭わされてるんだよ。食べる物もなくてお風呂も入れなくて、硬くて冷たい地面の上で蹲っているしかない。さやかがそんな状況なのに、わたしたちはただ暢気に学校に通ってる場合じゃないと思う」

 守山さんは振り向いて、水色のランドセルの肩紐をぎゅっと握って僕の前に立ち塞がった。

 僕と同じ登下校班であり同じクラスでもある守山霧子さんは、かつて南さんと最も仲が良かった女子だ。人一倍正義感が強いところは南さんと共通しているが、守山さんの正義感は直線的だった。南さんのような聡明さの伴わない、まっすぐな正義感。自分が間違っていると思うものは頭ごなしに否定して、自分が正しいと思うことを盲目的に信じ続ける。守山さんの正義は個人的な感覚のみに立脚していて、客観性が抜けていた。

「知ってるよ、さやかがたまに星見くんを助けてたってこと。星見くんにもさやかを探す理由はある。だから、わたしに協力してよ。一緒にさやかを探して」

 僕は守山さんの肩越しに前方を見据える。僕たちは立ち止まっているので、他の班員の背中はどんどん遠ざかっていく。すると、守山さんが僕の視線の先に目を向けた。

「大丈夫だよ。今日は途中から別の道で帰りますって、さっき班長の人に言っておいたから」

 僕たちの登下校班はいつも、この先にある公園を過ぎたところのY字路で班員の点呼をとる。その後、僕と守山さんの二人とそれ以外の五人に分かれ、それぞれ異なる道を行く。守山さんの家のほうが僕の家よりも遠くにあるので、いつも守山さんは僕がアパートの部屋に入っていくのを見届けてから帰る。だから僕は、ここ最近は早く家に帰らなければならなくなっていた。それがとても憂鬱だった。

 以前まで、僕は放課後になってもすぐには家に向かわなかった。学校を出て、しばらく住宅街をぶらぶら歩き回って、学校方面から『夕焼け小焼け』のメロディが聞こえ始めた頃に、ようやく観念して帰宅する。できるだけ家にいる時間を減らすための行動だった。でも、ここ最近は小学生の外出が制限されていて、放課後はすぐに帰宅しないと、学区をパトロールしている大人たちに見咎められてしまう。

「本当にいいの? パトロールしている人たちに見つかったら、怒られるよ」

「見つからないようにすればいいだけでしょ」

 守山さんは僕の手首を握った。そのまま、僕を引っ張ってずんずんと歩き出す。かなり強く握られて手首が痛かったので、僕は一度その手を振り解いてから改めて守山さんの手を握った。するとなぜか守山さんの歩調が急加速し、足がもつれそうになった。

「守山さん、どこ行くの?」

「さやかの行きそうな場所に、心当たりがあるから」

 守山さんはこちらを一瞥もしないまま答える。守山さんの手が少しずつ湿ってきて、ぬるぬる滑ってしまう。

「ねぇ守山さん。どうしてそんなに耳が赤くなってるの?」

「う、うるさい! いちいち質問しないで! 星見くんは黙ってついてくればいいの!」

 守山さんは僕の手に爪を食い込ませた。それほど痛くはなかったので、僕はそのまま守山さんの手を握り続けた。

 とりあえず、今日はまだ家に帰らなくてよさそうだ。

 守山さんのおかげで、今日は母親の脅威に怯える時間が短くて済む。

 ほとんどあり得ない可能性だけど、ひょっとすると守山さんは、あまり家に帰りたがらない僕の気持ちを察してこんな提案をしてくれたのかもしれない。

 そういうさりげない助け方は、南さんに似ているなと思った。

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2025年12月28日 21:00
2025年12月29日 21:00
2025年12月30日 21:00

キミと僕が家族になるための唯一解 ニシマ アキト @hinadori11

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