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 帝国のけんたたえられる団長はじゅうじつかんみしめながら、第一皇子ミッシェルに向き合った。


「ミッシェル殿下、大変らしいうでまえでした」


 剣一本にそのしょうがいささげてきた騎士団長はごうぼくとつな男だ。たとえ皇子が相手であろうと、心にもない世辞を吐ける器用な口は持ち合わせていない。


「殿下には剣の才能がおありです」

「ありがとう。きょうの指南のおかげだ」


 ミッシェルはさわやかにんだ。


「殿下。よろしければ先ほどのけんの型について、少し補足をさせていただけますか?」

「悪いが、この後は大事な用があるのだ」


 ミッシェルは「また明日もよろしくたのむ」と告げて去っていく。

 騎士団長は感じ入ったようにつぶやいた。


「ミッシェル殿下はゆうもうにしてかん。さすがは皇太子であらせられる」


 同じ頃。帝国の頭脳としょうされるエリートかんは感服にふるえながら、第二皇子ラファエルに向き合った。


「ラファエル殿下、大変見事な成績でした」


 ひたすら学問の道だけに打ち込んできた官吏はきんげんじっちょくな人物だ。たとえ皇子が相手であろうと、口先だけの社交辞令を吐けるこうかつな舌は持ち合わせていない。


「殿下は実にごゆうしゅうでいらっしゃいます」

「ありがとうございます。先生の指導のおかげです」


 ラファエルはけんきょにはにかんだ。


「殿下。よろしければ先ほどの問題についてくわしく解説させていただけますか?」

「申し訳ありません。この後は大事な用があるのです」


 ラファエルは「また明日もお願いします」と告げて去っていく。

 官吏はかんきわまったようにたんそくした。


「ラファエル殿下はそうめいにしてれい。さすがは第二皇位けいしょうしゃであらせられる」

「兄上!」

「ラファエル!」


 かいろうでばったり会ったミッシェルとラファエルは、目を見合わせて笑った。


「兄上もアンジェラの部屋へ行かれるのですか?」

「もちろんだ。アンジェラがはいはいを始めたというのでな。一刻も早く見なければ!」

「はい、兄上。急ぎましょう!」


 二人の皇子の「大事な用」とは、可愛い妹のはいはいする姿を見ることだった。

 大げさではない。これ以上大事な用などないと言っても過言ではない。

 二人が直行した部屋は、帝国ゆいいつの皇女のために愛らしいレースやリボンをあしらったインテリアでまとめられていた。日当たりがよく、室内は明るい光であふれている。


「アンジェラ! 会いに来たぞ!」


 ミッシェルが満面の笑みで妹を抱きしめようとしたせつ、厳しい𠮟しっせきの声が飛んだ。


「ミッシェル! つつしみなさい!」


 制したのは皇后ジョゼフィーヌ。母にとがめられたミッシェルは停止し、アンジェラは小さな肩をすくめた。


(あーあ、おこられた……それもそうよね……)


 ミッシェルはれっきとした帝国の皇太子。平民とは立場がちがうのだから、いくら実の兄でも妹に気安く接するのは品位をそこねるし、皇族のけんに関わるのだろう。


(皇太子らしく威厳を保て、とお母様はおっしゃりたいのよね。当然だわ)


 アンジェラがなっとくしたしゅんかん。母はさらに厳しく指示した。


「アンジェラをさわる前に手を清めなさい。先ほどまで騎士にけいをつけてもらっていたのでしょう? つちぼこりが付いているはずよ」

「はい、母上。承知しました」

(そっち!?)


 品位とか沽券とかではなかった。ただの清潔にしろという指導だった。


「ラファエル、あなたもです。不潔な手でアンジェラにれるなど許さなくてよ」

「心得ました、母上」


 ラファエルもぎょうよく従う。


(お母様……強い……!)


 二人の皇子は言われた通り手を洗ってから、改めてアンジェラの元にやって来た。


「アンジェラ、はいはいをしたそうですね。私にも見せてください」

「ラファエル兄上、ぼくもう見ました! すっごくかわいかったよ!」

「よかったな、ガブリエル!」


 ラファエルが優しくアンジェラに話しかけ、ガブリエルが得意げに手をあげ、ミッシェルがそんな弟の頭を撫でる。


(はい、お兄様たち! 見ててくださいね)


 期待されていると知って、アンジェラの胸にやる気がみなぎった。


(うぅっ……足が重い……)


 赤ちゃんの体は相変わらず思うように動かない。アンジェラはけんめいに手足をこうに前に出した。兄たちは先回りして進行方向にある障害物をよけてくれている。

 よろよろ。ふらふら。ぺしゃっ。

 最後の「ぺしゃっ」はアンジェラがじゅうたんの上につっぷした音である。

 二歩、三歩と進んだだけでもうちからきてたおんでしまったのだが、兄たちはせいだいはくしゅを贈ってくれた。


「上手だぞ、アンジェラ!」


 ミッシェルが絶賛しながらアンジェラを抱きしめる。ラファエルの手へ、ガブリエルの手へと、三人の兄たちにかわるがわる抱っこされながら、アンジェラはひとまず無事にはいはいをろうできたことに胸をなでおろした。


「今日は冷えるわね……」


 母のジョセフィーヌが呟いた。


だんに火を入れてちょうだい。アンジェラがを引くといけないわ」

「かしこまりました」


 部屋のすみには立派なれん造りの暖炉がある。メイドはとびらを開けてまきをくべ、火をけた。すぐに煙が立ち、炎がめらめらと燃え上がっていく。


「アンジェラ、寒くないか? 暖まりに行こう」


 はいはいにみがきをかけるべく真面目に練習を重ねていたアンジェラに、ミッシェルが声をかけた。アンジェラを抱き上げて、暖炉の近くへ連れていく。


「ほら、暖かいだろう?」

(……暖か……い……?)


 アンジェラの未熟な視力でも、はっきりと映し出すことのできる赤い色。

 見開いた紫の瞳をくして、炎の色が広がる。パチパチと火がぜる音に、全身がそうった。

 次の刹那。大きな泣き声が響きわたった。それが自分の泣き声だとわかるまで、アンジェラ自身さえも数秒をついやした。


「アンジェラ!?」


 ミッシェルが驚いているが、泣き声は止まらない。

 異常なほど強いきょうかんに襲われて、アンジェラはぜっきょうした。


(いやーっ!)

「皇女殿下? どうなさいましたか?」


 侍女たちがたずねるが、返事をすることはもちろん、むことさえできなかった。


いや……嫌! 火はこわい……!)


 火が上がる。炎が爆ぜる。煙が立ち込める。

 怖い。体がすくむ。動けない。息ができない。


(怖い……怖いよぉ……!)


 燃えさかる炎におびえて、アンジェラは震えながら固く目をつぶった。


「すまない、アンジェラ。暖炉が怖かったか?」


 ミッシェルは察してくれたのか、アンジェラを連れて暖炉からはなれてくれた。


「アンジェラがこんなに泣くのは初めて見ましたね」

「アンジェラ。怖がらなくても大丈夫だよ」


 ラファエルとガブリエルがアンジェラをよしよしと撫でる。

 三人の兄になぐさめられて、アンジェラはようやく落ち着きをもどした。


(もしかして……前世の私の死因が火だったせい? だからこんなに怖いと感じるの?)


 前世でジゼルは死罪を命じられ、けいに処された。

 ジゼルの命をうばい、その身を燃やし尽くした炎の恐怖が、アンジェラとして生まれかわった今もいろく残っているのだろうか?


(どうしよう。現世の私、火が苦手……!)


 思わぬ弱点が判明して、震えるアンジェラだった。

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2026年1月12日 12:00
2026年1月13日 12:00
2026年1月14日 12:00

処刑された聖女ですが、皇女に転生してお兄様たちに溺愛されています 朝森さな/ビーズログ文庫 @bslog

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