第一章 皇女への転生

1-1

  ジゼルがうっすらと目を開けた時、もう熱さは感じなかった。

 黒く燃えていたけむりにおいもしないし、広場いっぱいにうずいていたじゅの声も聞こえない。

 しばられた手の痛みも、投石が額をえぐって流れた血のかんしょくも、体をくすしゃくねつほのおも、すべてがあとかたもなく消えていて、ジゼルはひとみをしばたたいた。


(私……生きてる……?)


 火に包まれて気を失った後、リルや他のだれかが救い出してくれたのだろうか?


(リル……)


 最後に会ったリルの姿をしきりに思い返しながら、ジゼルは目をらした。


(ここはどこ……? まぶしい……)


 目を開けたつもりだが、何も見えない。がむしゃらに手をばすと、ふわふわとした綿のようなものに当たった感触がしたが、それが何なのかはよく見えなかった。

 視界は暗いわけでない。むしろ明るい。目がくらむくらい明るいのに、周囲に何があるのかにんできない。どうして目がよく見えないのか不思議だった。

 どうやらやわらかい布がめられた場所にあおけになって、てんじょうを見上げるような姿勢でているらしい。ジゼルは体を起こそうとしたが、力が入らなかった。


(やっぱり私、死んじゃったの? ここは天国なのかな?)


 そう思った時だった。


「ミッシェル兄上! ラファエル兄上!」


 耳元で幼児の声がした。


「アンジェラが目をあけました!」

(アンジェラ? 私のこと?)


 聞き慣れない名前で呼ばれてこんわくすると、また別の子どもの声がした。


「アンジェラ、起きたのですね」


 複数人の子どもたちが、寝ているジゼルを真上からのぞきんでいるらしい。


「おはよう、アンジェラ。きれいなむらさきいろの瞳だな」


 ジゼルの目は紫色だ。やはりアンジェラとはジゼルのことなのだろうか?

 だがジゼルはおうを殺害した罪に問われてしょけいされたはず。やはり絶命する直前に誰かに助けられて、ここにかくまわれているのだろうか?


(あなたたちは誰? どうして私をアンジェラって呼ぶの?)

 質問したつもりだったが、言葉のかわりに出たのは泣き声だった。

 まるでねこが鳴いているような、高くてか細い泣き声がこぼれる。しかも止めようとしても止まらない。


「どうしよう! 泣いてる!」

「アンジェラ、泣かないで!」


 子どもたちがいっせいさわぎ出した。周囲を行ったり来たり、おろおろと右往左往している

のが、モノクロの視界の中でも何となく見て取れる。


「――お下がりなさい」


 げんのある女性の声がひびいて、子どもたちの動きがぴたりと止まった。


「危なっかしくて見ていられないわ。母がくからあなたたちは見ていなさい」

(母? この人が私のお母さんなの?)


 ジゼルはだった。両親の顔も名前も知らない。急に母と名乗る女性が現れても、まどうことしかできなかった。


「絶対に乱暴にしてはだめよ。そっとやさしく抱いてあげるの」


 ふわりと体がいて、抱き上げられたのがわかった。そのまま柔らかなむなもとに抱き寄せられて、女性の着ている黒色の服がほおに当たる。


(わぁ、この人すごく上手……)


 ジゼルをらす手つきは優しく、とても気持ちがよくて、自分でも止められずにいた泣き声が自然に止まった。そのままうとうとと微睡まどろんでしまう。


「あっ、泣きやんだ!」

「すごい!」

「さすがは母上ですね!」


 子どもたちが口々に騒いでいる。


「いいこと? アンジェラの首がすわるまで、あなたたちが抱っこすることは禁じます。妹が大事なら今は見るだけになさい」

「「「えええー!」」」


 息の合ったこうの声がこだました。


(妹……?)


 ジゼルが耳を疑うと、背後から大人の女性たちの声がした。


おう殿でんがた、こうごうへいのおっしゃる通りになさってください」

おうじょ殿下はすぐに大きくなられますからね」


 しょうげきてきしょうに、ねむりに落ちる寸前だったジゼルの意識は一気にもどされた。


(今……皇子殿下って……? 皇后陛下って言ったの……?)


 耳が拾った言葉を、すぐには信じられない。

 ジゼルがあっけに取られていると、母は額に優しく口づけを落としてくれた。


「アンジェラ、私のわいむすめ。元気に大きくなってちょうだいね」


 この女性が皇后で、子どもたちは皇子。

 おくではジゼルだったはずなのに、今はなぜかアンジェラと呼ばれていて、この皇后の娘で、皇子たちの妹で――つまり。


(私、皇女様ってこと――!?)

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