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*****


 ミリアは医務室で一晩過ごすと、朝にはジルベスターの手配により、貴族やごうが利用する高級宿へと移動した。


 部屋の豪華さよりも、外から鍵をかけられないことがミリアはうれしかった。そして何より、従業員がやさしい。挨拶をしてくれるし、普通の会話にも応じてくれる。そんな宿での生活はミリアの心身を少しずついやしていった。


 最初は出される食事が豪華過ぎて口に合わずに苦労したが、量を減らして味付けもうすあじなものへとお願いすることで、ようやくまともで美味しい食事ができるようになった。


 手紙を出したいむねを伝えると、宿では独自に王都との流通があるらしく、快く引き受けてくれた。


 そして、外出も許可された。宿の施設内ならどこでも自由に行ってよく、レストランやカフェを利用しても全てジルベスターの妻として割り当てられる予算ではらわれるので気にする必要はないと言われた。ただし施設外に出る際には、貴族の令嬢として一人で外出することは許されず、必ず護衛を同行させるよう条件を付けられた。


 他にも、食事やすいみんをしっかり取るようにとか、無礼を働く従業員が居たら速やかに報告するようにとか、おづかいが足りなかったら申し出るようにとか、少々過保護? とも思える注意を受けたが、それらのことも問題なく過ごすことができている。


 今はまだカフェを利用したり、宿の庭園を散歩する程度だが、気持ちが前向きになったことで、ヴェルサス辺境領とはどんながらなのか興味を持ち始めていた。


 ミリアが高級宿へ居を移してから数日が経過したころ、ジルベスターが側近の一人をともなって訪ねてきた。宿の応接室を借りることにすると、従業員が紅茶を出してくれた。


「ここのごこはどうだろうか」


 従業員が退室して三人だけになるとジルベスターがたずねる。


「おかげ様で快適に過ごしています。ご配慮いただきありがとうございます」


 ミリアがていねいに頭を下げると、ジルベスターは「よかった」と言ってやわらかく微笑ほほえんだ。


「今日はことのてんまつと、ミリアの今後について話があって参った」


「はい」


 ジルベスターの調べたところによると、ミリアが不当な扱いを受けていたのはヘンドリックスとハンナがジルベスターを異常と言っていいほどしんすいしていたことに起因していた。


 元々二人は階級意識が強く、ジルベスターのこんいん相手には他国の王女かこうしゃく、最低でもこうしゃくの令嬢がふさわしいという考えの持ち主である。しかし実際に決まったのが到底貴族令嬢とも呼べないような、せい育ちのしょであることが許せなかったということだった。


 他にもジルベスターを心酔する者は多く、彼らもヘンドリックスやハンナに感化され協力していたからこそ、ジルベスターの知らないところでこのような悲劇が起きることになったそうだ。


「私も気が付かず申し訳なかった」


 そう言ってジルベスターはあおむらさきひとみでミリアを見つめた。

 しゅうれいな男に見つめられるとどぎまぎしてしまい、ミリアは思わず目をそむけた。


「あの人たちに適切なばつを与えて下さるのでしょうか……」


「もちろんだ。関わった者全員をかい処分にし、今後いっさいの登城を禁止した」


「そうですか」


 ──一応はくしゃくれいじょうで、かりそめでも辺境伯の妻を監禁したのに。ずいぶん軽い処分ね。


「不満そうだな。だが未来の出世がえて、家名も傷付き、この領都では外を歩けないほど重い処分だぞ」


 ミリアの感覚では職場は他の街で探し直せばいいし、登城禁止になっても城へ行かなければいいだけなので、どうしても軽い処分としか思えない。


「それから、ミリアの住む場所はこの宿を二年けいやくしたからこのまま過ごすといい。ここなら客を身分によってれいぐうすることはないだろう。あとは仕事が欲しいとのことだったが、実はヴェルサス領軍直属の治癒士が一人かいにんして産休に入った。その産休期間だけだが治癒士をじゅうしたい。平民の治癒士と一緒に働くことになるがそれで構わなければ……」


「やります! やらせて下さい! あと、お給料もきちんと下さい!」


 ミリアは思わず身を乗り出していた。これで退たいくつな日々からだっきゃくし、二年後にこんしても大丈夫なように少しはお金がめられる。


「ふっ、君は血筋も身分も伯爵令嬢でちがいないのに中身はそのままなのだな」


 そう言ってジルベスターは笑い、となりに座る側近の男を紹介した。


「今後、私に何か要望や伝えたいことがある時は彼をかいするといい」


「改めて名乗らせていただきます。私はジルベスター様の側近の一人、クリス・ブラウンと申します。先日、貴女の治癒魔法で救われた一人です」


 クリスはミリアにけいかいされないよう、柔らかく微笑みながら礼をした。


「そうでしたか」


 あの晩のことを思い出そうとしてもクリスの顔に覚えがない。ミリアは患者の顔を覚えるのが得意なはずなのだが全く覚えていなかった。それほどまでにあの時のミリアは精神的に追い詰められていた。


「ミリア様に助けていただき感謝致します。正直、あの時は死をかくしていましたから」


「いえ、閣下のご指示ですから」


 ミリアはつい、素っ気ない態度で答えていた。ヘンドリックスとクリスが別人であるのは分かっているが、どうしても城の人間を信用できなくなっていた。


「どうかそんなに警戒しないで下さい。私はヘンドリックスさんと違って閣下至上主義ではありませんから。あ、でも忠誠はちかってますよ?」


 そう言ってクリスはジルベスターに向かってヘラリと笑って見せ、それを見たジルベスターは少しあきれた顔をした。二人はいい主従関係のようで、クリスという男はヘンドリックスと違い気さくな性格のようだ。


「実は私もミリア様と同じ庶子の生まれなのです。それもあって私がミリア様のお世話係を任されました」


「そうですか」


 庶子と言ってもつい最近まで市井で暮らしていたミリアとは違う。


 監禁されている間ミリアは本を読むしかなく、そこでヴェルサス辺境領の歴史にまつわる本をいくつか読んでいた。その中でブラウン伯爵家は古くからこの領地で活躍した名家であるとさいされていたはずだ。


 しょせんこの男も貴族である。きっと平民をみつけても平気な人種だろうとミリアは警戒を解かない。


「ところでミリア、この領がどんなところか興味はないか」


「ええ、まあ見てみたいとは……」


「おびと言っては何だが、君に領都を案内したい」


 そろそろ外に出てみたいという思いはあったのでジルベスターの申し出はがたかった。しかしミリアが興味があるのは、平民がう市場や商店街だ。さすがに王族であるジルベスターに案内させたいとは思わない。


「でも、お忙しいでしょうから」


「構わない。私もたまにはいききが必要だからな」


「あ、ありがとうございます。では宜しくお願いします」


 きっと貴族の令嬢が喜びそうな場所に連れて行かれるのだろうな、と思いながら特に断る理由も見つからずミリアは頭を下げた。


「閣下、私にも息抜きさせて下さい」


 口をとがらせてクリスが言う。


「お前は先日まで休んでいただろう」


「それは負傷していたからです!!」


「そうだったかな」


 とぼけた振りをするジルベスター。気安く言い合う二人におどろきながら、少しだけ親近感をいだくミリアだった。



*****



 二日後の朝、クリスが馬車でミリアを迎えに来た。


 ヴェルサス領軍の軍医隊で働くことになったミリアを案内するためだ。移動中の馬車の中で、クリスはミリアに注意こうをいくつか伝える。


 一つ、ミリアとジルベスターとの婚姻は期間限定のためおおやけにしていない。よって世間に妻であることは秘密にして欲しいということ。

 一つ、ミリアは伯爵令嬢ではあるが、本来貴族の令嬢が治癒士として働くことはあり得ないので、平民と身分をいつわって欲しいということ。

 一つ、ミリアはクリスの母方のしんせきという設定にして、何かトラブルになりそうな時は必ずクリスの名前を出し、速やかにクリスに相談すること。


「最後に、『どんなに見目のよいが現れても心をうばわれないでくれ。君は私の妻なのだから』との閣下からのご伝言でした」


「……」


 最後の伝言が想定外過ぎて、ミリアは思わず頰を赤らめる。ジルベスターとしては、契約けっこんとはいえミリアが別の男性とれんあいをしたら外聞が悪い、とくぎしたのだろう。しかしまるで本当の妻を愛する夫のような言葉に、不意をかれてしまった。そういう言い方はよくないぞ、と心の中で言い返すミリアだった。


 ヴェルサス領軍の施設は領主城の西側にあり、軍務棟、訓練場、宿舎、武器倉庫などが建ち並ぶ。その中でも軍務棟の一角にある医務室でミリアは勤務することとなった。


 クリスにわれて医務室に入ると、そこには壮年の医師とミリアと同じとしごろの女性が居た。


「ジェイド先生、新しい治癒士を連れて来ました」


「やあ、クリス君待っていたよ。おや、君は……四人立て続けに解毒した子だね」


「あ、あの時の……」


「そう言えば二人は面識がありましたね」


 その医師は、ジルベスターたちがしゅうげきった夜に負傷者のりょうをしていた人物だった。


「私はジェイド・パーカー、ここで軍医をしている。君の実力はすでに保証済みだね。あの晩は魔力を使い過ぎて大変だったんじゃないのか?」


 ジェイドの言う通り、普通の治癒士なら数日間動けなくなっていただろう。しかしミリアは貴族並みに魔力量が多い。平民の治癒士としてここで勤務する以上、その事実は知られない方がいい。魔力には全く問題なかったが、ここは話を合わせることにした。


「ミリアと申します。翌日は動けなくてほとんどて過ごしました」


 ただの寝不足が原因だったのだが、半分は本当なのでそれらしいことを言ってす。ジェイドはさもありなんといった感じで大きくうなずいた。


「私は軍医隊所属の治癒士でニコルっていうの。私は魔力がとても少なくて、治せる病気や怪我の種類がほとんどないの。だからミリアさんが来てくれてとても嬉しいわ」


 そう言って自己紹介したニコルは赤毛のおがみの、ぼくで純情そうな人だ。


「ニコルさん宜しくね。私は逆に騎士様や兵士相手の治癒はあまり経験がないの。色々と教えてもらえると嬉しいわ」


「ええ! 私でよかったら! 私のことはニコルって呼んで」


「では、私のことはミリアと」


 ミリアとニコルは微笑み合った。

 ここだったら上手うまくやっていけそう、そう思うミリアだった。

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2026年1月13日 12:00
2026年1月14日 12:00

貴族になんかなりたくない 治癒士の私が契約結婚した辺境伯閣下と本当の恋に落ちるまで 斉藤加奈子/ビーズログ文庫 @bslog

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