3-2



*****


 昨夜の治癒のせいでミリアはそくだった。うつらうつらとねむりをしては本を読み、また居眠りをする。


 そんな一日を過ごしていた夕刻、カチャリと鍵を開ける音が聞こえ、扉が開けられた。そこに立っていたのは、一カ月ぶりに見るハンナだった。


 ノックすらしないのだな、と思いながらミリアがげんそうなハンナを見つめていると、ハンナは一枚のメッセージカードを差し出してきた。


『昨晩の君のかつやくは聞いている。礼を言いたいので、ディナーでもいっしょにどうだろうか。

──ジルベスターより』


 助けたのはジルベスターではなく、彼の取り巻きの者たちだ。なぜジルベスターから礼を受けなければならない。とミリアはディナーなどどうでもよく感じてしまった。しかし相手は王族でありへんきょうはくである。断ることなど許されないのだろう。浅い溜め息を吐くとミリアはメッセージカードを雑にテーブルに置いた。


「それでは今から支度に入ります」


 何の? とミリアが聞く前にドレスやらそうしょくひんやらをかかえたメイドが数人部屋へ入ってきた。そしてあっという間にクリームイエローのれいなドレスに着替えさせられ、上品なしょうほどこされた。


 そして今、鏡台の前に座るミリアのかみにブラシを通しているのはハンナだった。ハンナは時折、かがみしにミリアをにらけながらもぎわよく髪の毛をいくつかの毛束により分けていく。


 ──そんなにいやならしてくれなくてもいいのに。


 ミリアがそう思っているとハンナの手に力がめられ、無理やりに上を向かされた。そしてより強く髪の毛を引っ張られた。


「っ!!」


「貴女のような平民が閣下と席を同じにするなんて本来ならあるまじきことなの。いい? 閣下に何を言われても返事は『閣下のおかげです。ありがとうございます』よ。分かった?」


 再びハンナの手に力が込められ、ミリアの後頭部からブチブチと毛がける音がした。


「痛っ!」


 ──この女、だいきらい。


 そもそもミリアは気の強い性格だ。気が付けばミリアも手をばしハンナのまえがみつかんでいた。手に力を込めると、ハンナの額からもブチブチと音が聞こえた。


「は、放しなさいよっ!!」


 ハンナが言ったと同時に二人はバランスをくずした。ハンナはゆかに手を付き、ミリアはから転げ落ちる。ハンナの方が先に上体を起こした。


「このっ!!」


 ハンナはいかりで顔を真っ赤にして右手をりかぶった。


「ハンナ様っ!! お時間がせまっております!!」


 思わず目を閉じるミリアだったが、他のメイドが止めに入り、打たれずに済んだ。さすがにジルベスターに会わせる前にほおらす訳にはいかないのだろう。それ以降のハンナはミリアを睨み付けながらも手際よく髪の毛を巻き、ハーフアップにしてかみがたを完成させた。


 ハンナの性格は最悪だが、うでは確かだった。鏡に映るミリアの姿はどこから見ても貴族のれいじょうだった。


 ドレスの着付けが終わると、ミリアはハンナに連れられて食堂へと向かう。赤いレンガの建物を出て、領主の居城へ入る。そしてしばらく歩くと両開きの扉の前に到着した。


「余計なことを言ったら貴女なんてろうにぶちこんでやるわ。食事も一日一食で十分よ」


 少しだけ振り返り、ハンナはミリアへ言い放つ。ミリアもハンナを睨み返し、やれるものならやってみなさいよ──そう言い返したかったが、その前に扉が開かれはばまれてしまった。


 食堂ではすでにジルベスターが着席していて、ミリアを認めるとすっくと立ち上がった。


「よく来てくれた」


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 ミリアはスカートのすそまみカーテシーをするが、体力がおとろえたせいでふらりと体がかたむいた。


「おっと、大丈夫か」


 ジルベスターはそっとミリアの体を支え、彼女の様子を見る。ひと月ぶりに見る彼女の姿は、服装こそはなやかであるが、顔色が悪くがない。そしてずいぶんとせたように見えた。


「失礼いたしました」


「いや、構わない。調子が悪いのか」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 再びミリアは軽くひざを折る。寝不足ではあるが、心身共に弱っている自覚が彼女にはなかった。


「さあ、かけてくれ」


「失礼します」


 ミリアが席に着くと目の前には見たことのないごうな料理が広がる。

 ここ一カ月まともに口にしていない肉料理や魚料理。野菜もスープにかぶ欠片かけらのようなものしか口にしてこなかったが、目の前の皿の上ではいろどあざやかに盛り付けられている。以前のミリアだったら喜んでそれらを食べただろう。


 しかし粗末な食事しかあたえられなかったミリアは、様々なこうしんりょうが混ざったにおいや油の匂い、肉や魚の焼けた匂いに胸焼けがした。


 食事が始まっても食欲がかない。しかし食べない訳にもいかず、料理を小さく刻み少しずつ口に運んだ。


「君は本当に腕のいい治癒士のようだな。治癒士の中でも解毒ができるのはほんのひとにぎりだと聞く」


おそります」


「四人の解毒は見事だったそうだな。どのような修練を積んだのか聞いてもよいだろうか」


「修練と言うほどでは……。解毒に関しては経験がありませんでした。しかし食中毒のかんじゃを治癒した経験があるので、その応用でやってみただけと言いますか……しんりょうじょで働いていた時、お世話になった先生に医術のを教わっていたので、それが役立ちました」


「なるほど、医術の基礎が。それは頼もしい。これで私がいつ毒を盛られても安心だな」


 その言葉にミリアはいっしゅんおどろくが、ジルベスターがあまりにもげんがよさそうに言うのでじょうだんだと分かった。そして気が付く。人とまともに会話をするのはいつぶりだろうか。さげすんだ目で見られず、冗談まで交えて。


「君が解毒してくれた四人は私を支えてくれる大事な側近たちだ。彼らが居なくては私の仕事も立ち行かなくなる。君がここへとついでくれたことに感謝する」


「恐れ入ります」


「君にはほうを取らせたい。何か欲しいものはあるだろうか」


 欲しいもの……そんなものはない。ただ大好きな治癒士の仕事をして、人と接し、簡単でも美味おいしい食事のある日々。そんなつうの生活を返して欲しい。それだけだった。


 そしてミリアはこの食事会の後がどうなるのかを想像した。

 またあの部屋に閉じ込められ、囚人のような日々を送るのだろうか。


 ──もう、こんな生活えられないわ!


 そう考えるとミリアは椅子から立ち上がり、ひざまずいていた。


「ど、どうした」


「閣下、褒美をいただけるのならば、是非お願いがあります」


「な、何だ、言ってみなさい」


「私を部屋から出して下さい。そして仕事をさせて下さい。閣下がや病気をされた時には必ず駆けつけると約束します。もう、一歩も外へ出られず、だれとも会話をせず、パンとスープとチーズだけの食事では生きているここがしません」


「……ちょっと待て。報告では、君は毎日お茶会や買い物をしていると聞いているが」


「それは私ではありません。私は部屋の外から鍵をかけられ、誰とも会わず、一歩も外へ出られない生活をしています」


 ジルベスターはミリアの言葉のしんを確かめるように彼女を見た。確かに一カ月前より顔色は青白く、瘦せていると思った。ミリアの訴えが真実だとするなら、彼女は今……。


「ミリア、君の部屋はどこに?」


「赤いレンガの建物の三階です」


「赤のレンガとうだと!?」


 赤のレンガ棟とは、貴族や領主一族が悪事を働いた時、ゆうへいするためのせつだった。


 どうしてミリアがそんな扱いを受けているのか。ジルベスターはヘンドリックスに、ミリアが恙なく暮らせるよう、生活かんきょう調ととのえよと指示したつもりだ。


「それは……すまないことをした。君の置かれた状況について確認するから、少しだけ時間をもらえるだろうか。君には今晩から別の部屋、いや城内では誰が信用できるか分からないな、宿を紹介しよう。そこなら君を不当に扱う者は居ない。さあ、立ってくれ」


 ジルベスターも椅子から立ち上がり、ミリアに手を差し伸べた。


「ありがとうございます」


 ほっとした表情を浮かべたミリアは、遠慮がちにジルベスターの手を取る。そして立ち上がろうとしたしゅんかんとつぜん目の前が真っ暗になり、糸の切れたマリオネットのようにジルベスターの胸へ崩れ落ちた。


「お、おいっ!」


 ジルベスターは慌ててミリアをきとめたのだが、彼女に意識がない。とりあえず医務室へ運んでやらねばと、彼女を横抱きに持ち上げて、あまりの軽さに言葉を失った。


 ──こんなになるまで……。


 ジルベスターは申し訳ない気持ちと同時に、ふつふつと何とも言えない感情が湧いてくるのを感じた。


 この腕の中の女性は一カ月もの間まともな食事を与えられず、赤のレンガ棟で幽閉されていたにもかかわらずそれをいた者たちを見事に解毒してみせた。じょうきょうかんがみれば彼女に見捨てられても致し方がないというのに。


 いったいどのような気持ちで治癒したのか……そんなミリアのけなさを思うと胸がけられるような痛みを覚える。


 ──守ってやらなければ……。


 そう思うジルベスターだった。


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