第三章

3-1

 ミリアはヘンドリックスと共にえっけんしつを後にすると、「ここで待っていろ」と言われ、そのままろうで待たされた。しばらくするとヘンドリックスは一人の女性を連れてもどってくる。


「ハンナ、この者が例のだ」

「この人がミリアね」


 ハンナと呼ばれた女性は、べつの色をかくしもせず頭からつま先までミリアを見下ろす。その不快な視線にミリアは多少のいらちを覚えた。


「そうだ、後はたのんだぞ」


 ヘンドリックスはハンナにミリアをわたすとどこかへ行ってしまった。


「ミリア、部屋へ案内します。付いてきなさい」


 あいさつも自己しょうかいもなく、ハンナはきびすかえし歩き出した。


 ハンナは代々ヴェルサス家に仕えるしゃくじょで、自身もまたヴェルサス家、特にあこがれのジルベスターにけいとうし、ジルベスターが妻をむかえた際はその女性のじょとして仕えるのが夢であった。


 それなのに目の前に居るジルベスターの妻になった女性は、元は平民でしゅくじょとしての教養を何一つ身につけていない。そんなせんな女が、おのれの敬愛するジルベスターの妻になるなどとうてい許せなかった。


 ミリアとハンナは一度城を出て、屋外の通路をしばらく歩く。すると赤いレンガの建物へとうちゃくし、その建物の三階にある一室へと案内された。


「ここが貴女あなたの部屋です。貴女にはジルベスター様にもしものことがあった場合にすみやかに対応できるよう、常にこの部屋に居ていただきます。食事は朝と晩、別の使用人が運んできます。せんたくそうは定期的に入ります。何か要望がある場合はその都度言って下さい。それでは私はいそがしいので失礼します」


「あ、あのっ!」


「何か?」


「外出はできないのですか」


「護衛のための人手も足りないので難しいです。それでは失礼します」


 ハンナはそっけなく断り、速やかに部屋を出ると、バタンととびらを閉めてカチャリとかぎをかけた。ミリアはハッとしてあわてて扉に手をかける。


 ──閉じ込められた!?


 ガチャガチャと扉を押したり引いたりしてみるが全く開かない。


 ──何故なぜ閉じ込められなければならないの!?


「ハンナさん待って! 鍵を開けて!」


 扉には目の高さに顔より小さな窓がついており、開けて向こう側をのぞくとすでにハンナは行ってしまっていた。ミリアはしばらく扉を押し引きしていたが、だいつかれてしまいあきらめた。


 閉じ込められた部屋は広く、てんがい付きの大きなベッド、カウチソファ、ダイニングテーブル、鏡台もある。他にもサイドボードやほんだな、書き物机もあってこの部屋から一歩も出ずとも生活できるようになっていた。


 しかし今はまだ昼前だというのにこの部屋はうすぐらい。採光用の窓は部屋の大きさの割に小さな窓が二つしかなく、しかも開けて風を通すことができなかった。


 ミリアは少ない荷物のほどきを済ませると、カウチソファにこしを下ろした。


 ──私、かんきんされたみたいね。


 ジルベスターはつつがなく生活ができるようにはいりょしてくれると言っていたが、ヘンドリックスやハンナのミリアに対するあつかいはれいこくだ。なぜ自分がここまできらわれなければいけないのかミリアには理解できなかった。


「ドリトン先生……奥様……」


 王都ではなばなれになってから一度もれんらくすることができていない親代わりの人たち。きっと心配してくれているだろうと思うとこいしくなった。


 ──せめて手紙でも書こう。


 部屋の書き物机の引き出しを開けると、そこにはレターセットと筆記具が入っていた。ミリアはそれらを取り出しペンを取る。


 ジルベスターの名前はせて、ヴェルサス辺境領の貴族の下で治癒士として働くことになった、私は元気でやっているから心配しないで欲しいといった内容をつづった。


 夜になると、ただでさえ静かな部屋がより静けさを増してこわいくらいだった。そこへカチャリと鍵を開ける音が聞こえ、扉が開く。


「失礼します。お食事です」


 やって来たのはとしかさのメイドで、手にはトレイにせられた食事を持っていた。

 メイドはミリアを見ることなくツカツカと部屋へ入るとダイニングテーブルへそれを置き、すぐさま去ろうとする。


「あの」

「はい?」


 メイドはめんどうくさいと言わんばかりに顔をしかめて足を止めた。


「王都へ手紙を出して欲しいのですけど……」


「……分かりました。ハンナ様に聞いてみます。お返事は食器をお下げする時でよろしいでしょうか」


「ええ、だいじょうです」


「では、失礼します」


 そう言って少しだけ頭を下げてメイドは部屋を出て行った。


 どうやらミリアは平民であろうきゅうのメイドにまで嫌われているらしい。ミリアは深いいきくと、食事のためにテーブルに着いた。


「何……これ……」


 ミリアに出された食事は、パサパサにかわいた黒パン、ほとんど具のないスープ、そしてはっこうの進み過ぎた固いチーズ一切れだけだった。ゆうふくとは言えないミリアでも、だんはもっとまともな食事をっていた。むしろ治癒士として安定した収入があったために食事でひもじい思いをしたことがない。


 ──部屋は立派だけどこれじゃしゅうじんと同じじゃない。私が何

か悪いことをしたとでも言うのかしら。


 残り物のような食事を終えてしばらくすると、先ほどのメイドが食器を下げに来た。


「ミリア様、手紙の件ですが、外部との連絡はけていただきたいとのことで、お許しいただけませんでした」


「な! どうして、家族に手紙を出すことも許されないの!」


「私は言われたことを伝えただけですので」


「そんな……」


 確かにこのメイドに文句を言ったところでどうしようもない。しかし離れた家族に便りを出したい気持ちはハンナにも理解できるはずだ。それさえも許されないのはどういうことなのか。


「閣下に会わせて下さい。閣下は要望があればえんりょなく言うようにおっしゃっていたわ!」


 こうなったら直接ジルベスターにうったえるしかないと思ったミリアは、メイドにる。


「私では何とも……。おうかがいしてみますのでしばらくお待ち下さい……」


 そう言ってメイドは食べ終わった食器を手に、足早に部屋を出て行った。


 ミリアが閉じ込められて一週間がっても、相変わらずジルベスターに会わせてもらえないままだった。ミリアは何度も訴えたが、メイドは「閣下はお忙しい方なので……」と言って取り合ってくれない。それでもしつこく訴え続けると、ようやく現れたのはミリアの嫌いなあの男だった。


「閣下に取り次げと五月蠅うるさいようだな」


「ヘンドリックスさん、私をこんな部屋に閉じ込めてどういうつもりですか」


「何を言っている。貴様にはもったいないくらいの立派な部屋じゃないか。げられないためにもこの部屋が一番適している」


「もう逃げたりしないわ! 閣下に話したいことがあるの。閣下に会わせて下さい!」


「五月蠅い、いい加減にしろ! 貴様のような女に閣下を会わせるはずがないだろう。ほどを知れ!」


 バタンと強く扉を閉め、ヘンドリックスは出て行ってしまった。


 ミリアはジルベスターにこのきゅうじょうを訴えることもかなわず、一日に二度しか出ない食事も相変わらずまつなままで、ろくに人と接することもない。本棚にあるつまらない本を読むか、開かない窓から空をながめるか。それ以外何もすることのないうつうつとした日々を過ごしていると、どうしてか悲しくもないのになみだが出てくることもあった。


 二週間が過ぎると時間や日にちの感覚がおかしくなっていた。今日は何日で、今は何時なのか。部屋に時計がないせいもあるが、食事が運ばれてくることでおおよその時刻が判断できている状態だった。


 次第に精神的に追い詰められていったミリアは、自分が一体何のために生きているのか、生きている意味はあるのか。それすら分からなくなってしまっていた。


 そんな日々を一カ月ほど過ごしたある深夜のこと。


 夜のせいじゃくを破り、ミリアの部屋の扉をけたたましくたたく音がひびいた。


「治癒士! 起きろ!」


 ヘンドリックスとはちがう男性の声だ。

 ベッドで本を読んでいたミリアはのそりとベッドから出ると扉のそばへ寄った。


「何事ですか」


 ミリアが声をかけると扉の小窓がパカリと開かれ、それを覗く男はミリアにおこっているような顔を向けた。


「閣下がせんぷくしていた敵国の者におそわれた。閣下はご無事だがたいどうした者が負傷している。この時刻ではすぐにけつけられる治癒士は貴様しか居ない。これは閣下のご指示でもある。すぐにたくをして負傷者の治癒に当たれ」


 敵国のフランベルデていこくの暗殺者が、姿を隠すことのできるやみほう使してこの城へせんにゅうしてのきょうしゅうだった。確実にジルベスターをき者にするつもりのしゅうだったが、それ以上にジルベスターが強かったため最悪な事態はまぬがれることができた。しかし、ジルベスターの側近がかなりの傷を負っているということだった。


「……分かりました」


 無感情にミリアは答えると、とりあえずばやく着られるワンピースにえ、迎えに来た男が鍵を開けたので部屋を出る。一カ月ぶりの部屋の外だった。


「急げ、もたもたするな!」


 案内されて城内の医務室へ向かうちゅう、男はかすようにるがミリアはどうでもよかった。むしろ死んでしまえばいいのにとさえ思っていた。みんな嫌いだ。貴族も、使用人も、そしてジルベスターも。なぜ私が助けなければならないのだろうか。わざと失敗してやろうか。そうすれば役立たずだと思われ、解放してもらえるのではないか。

 そんな思考におちいるほどミリアの心はすさんでいた。


 医務室では四人の負傷者がベッドに横たわっていて、その中にはヘンドリックスも居た。四人は共通して矢傷を負い、苦しそうにうめいている。


 ──これは、毒?


 医務室に居た医師らしきそうねんの男性が矢を取り除く処置をしている。よく見るとかなりひどい切り傷を負っている者も居るようだが、きっきんに処置しなければならないのは矢じりにられた毒の方だろう。


「治癒士の方ですか」


 処置に当たっていた医師がミリアに気付き声をかけた。


「……はい」


「見たところ、彼らは毒に当てられています。どくの経験は?」


「食中毒でしたら……」


「それならできるかもしれませんね。さっそくお願いできますか」


「……やってみます」


 毒に対する処置は、医師の場合、薬師と相談して毒の特定から始めなければならない。それでは時間がかかり過ぎるためそっこうせいの毒ではおくれになることも多い。それに比べ治癒士ならばその場で対応できる。


 ミリアは手を組み合わせりょくを手のひらへ集中させる。まずは毒のしんにゅうぐちである矢傷から治癒魔法をしんとうさせ、それから毒におかされた血液が集まる心臓へ。そして心臓から全身へと魔力を流していった。


「ほう……」


 医師がかんたんの声をあげる。


 確かな手応えを感じたミリアは次々と治癒魔法をかけていき、気が付けばヘンドリックスをふくめ四人全員に治癒魔法をかけていた。おそらく治癒士のさがというものなのだろう。どんなに嫌いな相手でも目の前で苦しむ姿を見ると、個人的な感情など忘れてどうにか治そうとしてしまう。


 四人の負傷者は他にも切り傷などを負っているが、重傷というほどではないだろうと判断し、ミリアは「後はお任せします」と言い残し部屋へ帰っていった。


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