第二章
2-1
ミリアはいつも通りの朝を
そんな毎日がずっと続くと思っていた。しかしミリアにとってとても大切な人たちとの日々は、やはり貴族によって
午前の診察もそろそろ終わろうかという時刻。
使用人らしき男はシンプルながらも仕立てのいい服装で、顔には張り付けたような
「なんだね、あなた方は」
「
「……」
ミリアは返事に
「私どもはマイワール
「なっ!」
ミリアは初めて聞くマイワール伯爵というのが自分の父親だと察し、同時に
――お母さんを見捨てた貴族ね! 今まで父親らしいことを何一つしてこなかったくせに!
「何を
「いえ、貴女のその
ミリアはこの時ほど自分の髪色と瞳の色を
「
「ウォーレンさん、突然やって来てそれは一方的過ぎる。日を改めてくれんか」
「申し訳ありませんが、
「お断りします! 帰って!」
応じてなるものかとミリアは
「嫌! 放して!」
「乱暴するでない!」
「では、これにて失礼致します」
顔面に張り付けたような笑みをたたえたまま、
「嫌! 人違いよ! 放して!」
まるで犯罪者を連行するような
――
馬車はマイワール伯爵家へ向かって走り出した。ミリアは向かい側に座るジェルマンを
便り一つ
下町を
「旦那様、ジェルマンです。ただいま
「入れ」
―― 嫌だ、入りたくない。
扉の向こうに居る男性は
「嫌! 放して! 私を帰してっ!」
抵抗してみたものの
ミリアは頭にカッと血が上るのを感じた。
――この男が! この男が!
目の前の男こそがマイワール伯爵家の当主、トマソン・マイワールだった。
この男の持つ
「ふむ、ナタリアの
「無理やりにこんなところまで連れて来て何なんですか。帰して下さい」
「
「
「貴様は
ミリアは何を言われているのか理解できなかった。嫁げと言われた気がする。ただ、この男の勝手でミリアの人生がいいようにされていることだけは理解できた。
「何を言っているの! 私の人生を勝手に決めないで! 帰して! 私は貴族になんかならないわ!」
トマソンを射殺す勢いで睨み付けながらミリアの瞳には
「もうよい、話にもならん。連れて行け」
「はっ!」
ミリアの両腕を摑んでいた騎士たちが再び力を
そこはミリアが住んでいる部屋の何倍もある広さで、
――とりあえずは酷い扱いを受けずに済みそうね。
ミリアは一人にされたことで少しだけ冷静になれた。しかしこのままではヴェルサス辺境領とかいうところへ行かされて、死ぬまで治癒魔法をかけさせられる未来しか見えてこない。
ミリアは逃げ道を探すため、扉のノブに手をかけた。意外にも扉には
そして窓の方も
ミリアは力なく一人
「ドリトン先生……」
そう考えながらミリアが深い
返事をする気も起きず黙っていると、扉が静かに開けられ、紅茶や焼き
女性はダークブラウンの髪で、少し赤みがかったブラウンの瞳にメガネをかけている。服装はネイビーのシンプルなワンピースを纏い、
「お初にお目にかかります、ミリア様。私、ミリア様が嫁がれる日までのお世話と教育係を任されました、ロジーナ・ベイカーと申します」
「……」
ロジーナは
「ふふ、そんなに
ロジーナはテーブルの上に焼き菓子やティーセットを並べて、紅茶を
「私はここのメイド長をしています。貴女のお母さん、ナタリアさんとは昔、少しだけ仲良くさせてもらっていたのですよ」
「え……」
若かりし
「さあ、どうぞ
「……いただきます……」
ミリアはジェルマンが
「仲良くと言っても当時私は
「今、ナタリアさんは……」
「母は六年前に
「そう……早くに亡くされて……貴女も苦労したのね」
いつの間にかロジーナは敬語を忘れ、旧友の忘れ形見を
「お願いです。私を逃がしてくれませんか」
この人はきっと味方だ。ブルックナー診療所には戻れないかもしれないが、せめてここから逃げ出して、後から無事であることをドリトンに知らせればいい。そう考えてミリアは
「……ごめんなさいね」
困ったように
「ですよね……」
「助けてあげたいけど、それだけはどうしても
「そんな……」
まさか籍まで貴族に入れられると思っていなかったミリアは
「貴族社会でマナーや礼儀作法を身に付けずにいることは、
ロジーナは
「
ミリアがそう答えるとロジーナは優しく微笑み、「ティーカップの持ち方から身に付けましょう」と
ロジーナは
ミリアはほとんど部屋から出ることなく、貴族の令嬢として必要なことをロジーナに付きっきりで教わった。
そして四日目の朝、ミリアはロジーナに手伝われて身仕度を済ませると、トマソンに呼ばれて応接室へと連れて行かれたのであった。
ロジーナに
「ミリア、こちらはヴェルサス
「ミリア様、ご挨拶を」
ミリアはロジーナに挨拶を
「ロジーナ、挨拶もまともに教えられなかったのか」
「い、いえ、先ほどまでは
「ふん、まあいい。ミリア、この書類にサインをするんだ」
ミリアの目の前に一枚の紙とペンが差し出された。『
これにサインをしてしまうと一生
「ジェルマン」
「はい」
なかなかサインをしないミリアに
「どうぞ、ミリア様。ミリア様が無事婚姻なさらなければ、診療所のあの方々が悲しまれますよ」
「っ!」
これは
ジェルマンは婚姻届の空欄部分を指差し、口調だけは優しく「ミ、リ、ア、マ、イ、ワ、ー、ルと」と促した。
「こちらは私どもの方で提出しておきましょう」
「宜しく頼みます。それではこちらがお約束の
ヘンドリックスはジャラジャラと音のする重そうな
「今後は
そう言って、先ほどまでミリアの不作法に
――お金のために、私は
どうしてこんな酷いことが平気でできるのか。人を人とも思わないこの
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