1-2

*****



 訪問診療は、貸し馬車を使って患者の家を回る。まず向かうのは貴族街にあるイースターしゃくの屋敷だった。ここには時々心臓が締め付けられるように痛くなるという高齢の患者が居た。


 いつものようにドリトンがちょうしんで心音をき、血圧を測る。一通りの診察がわるとミリアが治癒魔法をかけた。心臓の病はれいによるものであまり治癒魔法は効かないが、痛みのかんほっの予防にもなるため、定期的な治癒魔法はある程度は有効だった。


「膝も治癒を頼めんか。最近階段がつらくての」


 ミリアはチラリとドリトンを見る。ドリトンがこくりとうなずいたので、ミリアは「かしこまりました」と跪き、膝にも治癒魔法をかけた。これも加齢からくるしょうじょうで、治癒魔法をかけたところで痛みは緩和されるが治るものでもない。ドリトンが心臓の薬とひざつうの湿布薬をわたし、いくつか注意こうを伝えるとかえたくをした。


「そこの治癒士の娘、話があるのだがお茶でも飲んでいかんかの」


 ギクリとミリアの動きが止まる。そしてミリアが返事をする前にドリトンが口を開いた。


「失礼ながらイースターきょう、これから私どもはこうしゃくへ行かねばなりません。先方を待たせる訳には参りませんので、ごようしゃいただけませんか」

「う、うむ、それは大事じゃな。お茶はまた時間がある時にでも来るがいい」

「ごはいりょ痛み入ります」


 一礼してドリトンとミリアは足早に子爵家を去った。

 貴族の屋敷を訪問中、ミリアが声を出すのは必要最低限であり、貴族との会話はほとんどドリトンが対応する。こういう誘いを受けた時、ミリアでは断れないからだ。

 ドリトンが侯爵家へ用事があると言ったのは、うそではあるがでまかせという訳でもない。

 侯爵家へおもむく予定はないものの、ドリトンのむすも医師をしており、その息子が侯爵家の専属医師をしているため、たまに様子を見に行くことがあるからだ。当然その侯爵家には専属の治癒士も付いている。ドリトンは上位貴族の存在をにおわせることでミリアが無理やりかれることをしていた。


「先生、助けてくれてありがとう」


 馬車へ乗り込むと同時にミリアはドリトンへ礼を言う。


「なに、大事なミリアを取られてはかなわんからの」

「私ずっと先生とこうして働いていきたいな」


 これはミリアの本心だった。恩人であり、親であり、恩師でもあるドリトンとその妻タニアとずっと一緒に居られたら。それだけでミリアは幸せだと思った。しかしドリトンとタニアは高齢でいつまでも一緒に居られる訳ではなく、いつかは独立も考えなくてはいけないのだろう。


「何を言うか。イケメンの医師と結婚して診療所を開くと言っておったではないか」

「そう! 先生と奥様みたいなてきふうになるのが夢よ」

「調子がいいことを言いおって……。ミリアがよめに行くまではナタリアの代わりにわしらが面倒を見てやるから、真面目で誠実な男を見つけるのだぞ」


 ――うれしい。


 ミリアは鼻の奥がツンとして泣きそうになる。ミリアが今まで生きてこられたのはドリトンとタニアのおかげだ。いつか二人に恩返しがしたいと思った。


「お嫁に行けなかったら私が先生と奥様の面倒を見てあげるからね!」


 そう言って泣きそうになるのをミリアはした。



*****


 ドリトンとミリアが次の訪問先へと向かう後ろ姿を、屋敷の窓から見送る四人の男が居た。一人は先ほどまでミリアが治癒魔法をかけていた老人で、もう一人は地位が高く見た目の美しい若い男。そして残りの二人は若い男の従者だった。


「閣下、あの娘がミリアという治癒士です。若いがなかなかの腕の持ち主でしてな、我が子爵家は使用人もふくめてあの娘にかなり助けられております」


 そう老人が説明すると、閣下と呼ばれた若い男は僅かに口元を緩ませた。


「なるほど、聞いていた通りのようだ。ところで彼女がどのような女性かご存じで?」

あいにく、わしが直接話すことはあまりございませぬ。話したことのある使用人が言うには、明るくかったつおなだそうですぞ」

「そうですか」


 ミリアの性格がよさそうであることを聞いて、若い男はいっそう口元を緩めた。


「なんだ、あの不格好なメガネは。女のくせにもう少し見た目に気をつかえないのか」


 彼の従者の一人が、ミリアの容姿が気に食わないらしく悪態をついた。


「女性に対して失礼な言動はつつしめ」


 ミリアの確かな腕前と、評判のよさを気に入った若い男がたしなめる。


「彼女だったら大丈夫ですよ、メガネを外しておしょうすれば化けますって。性格がよさそうな娘でよかったじゃないですか。ね、閣下」


 主人に対して気安い言葉をかけたのはもう一人の従者だった。

 この三人は、ミリアが治癒魔法をかける様子や、実際にせっしょくがある者からの評判を知るために、イースター子爵にらいして、ついたてかくれてミリアの様子を観察していたのであった。

 ミリアの能力とひとがらに問題がないことを知ると、若い男は次の指示を出す。


「二人とも、例の話を進めてくれ。くれぐれも彼女に無礼のないよう、十分な待遇を用意するように」

「「承知致しました」」

「イースター卿、ご協力いただき感謝する」

「なんの、容易たやすようですぞ」


 若い男は老人に礼を言うと、従者を連れてイースター子爵家を去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る