第3話 黒いもじゃもじゃ

 ……なんだこいつ。


 改めてみると本当に髪の毛の集合体みたいでなんだか怖い。

(一般的に見れば気持ち悪い部類なのだろうが…)


 しかもよく見ると、もじゃもじゃの下にかろうじて手足っぽいものがあった。

 細くて黒い、泥雨で汚れた枝みたいな。

 その枝みたいな腕がぷるぷると震えている。


「……お前、大丈夫か?」


 通じるわけがない言葉を、犬猫に話しかけるように問いかけてみた。俺はこの洞窟に一人、寂しかったのである。


 声をかけるとそいつは、俺の声に反応してびくっと震えた。そしてもじゃもじゃしてる毛の隙間から白い、狼の牙みたいなものがチラッとみえる。


 ……口か?ってことはここが顔なのか?

 いや、どこまでが顔なんだ?


「……お前、肉食?俺のこと食う系?」


 噛まれたら普通に痛そうな牙を見て不安になる。クマ牛みたいなモンスターに蹴飛ばされて弱そうに感じるけど、一応俺の膝くらいはあるのだ。

 噛まれたら肉はちぎれ……いや、やっぱ考えるのやめよう。


「俺はお前を助けた!と思っている!だからお前も俺を食うべきではない!と思っている!」


 絶対通じるわけないのに、声を張り上げて謎の説得をする。


『ギェッ!ギェッ!』


 な……鳴いた。

 鳴き声怖すぎるだろ。帰りたい。

 しかも、もじゃもじゃがさっきよりボワッと膨らんで少し大きくなっている。


「や、やめろ!俺はおいしくない!!」


 黒い塊は俺の声に合わせてびくっと震え、また少し大きくなった。

 食おうとしてるのかと身構えるが、襲い掛かってくる様子はない。


 ……待てよ。

 昔うちで飼ってた猫を思い出した。

 あいつ、掃除機かけると毛が逆立ってボワッと膨らんでたよな。ビビると膨らむやつ。

 こいつもあれと同じか?

 俺の声にビビって膨らんでる?


 俺は深呼吸すると、しゃがんでそいつと目線を合わせた。目がどこにあるかわからないけど、たぶんこの辺にあるだろうと思って。


「ごめん、大きい声出して。怖かったよな……さっきの角あるやつに蹴られて、知らん人間に掴まれてさ」


『……ギェ』


 お、声が小さくなった。


「俺もさ、怖いんだよ。急に地震きて、死ぬかと思ったら、気づいたらここにいて。出口もわかんないし、腕は痛いし、モンスターだらけだし」


 言いながら、だんだん愚痴っぽくなってくる。


「てかここどこなんだよマジで。スマホも壊れたし、今何時かもわかんないし。腹も減ってきたし……」

『ギ……ギェッ』

「……いや、お前には関係ないよな。反応してくれるからつい」

『ギェ……』


 もじゃもじゃが小さく鳴く。さっきより落ち着いたようだ。

 それにしても「ギェッ」のテンションまで合わせてくれるなんて器用なんだな。

 俺んちの猫なんか、俺が悲しんでてもお尻こすりつけてどっかいくのに…。


「お前、こんな化け物だらけの洞窟で一匹なのか?何してたんだ?」

『ギェッ。ギェッ』

「うーん……なに言ってるかわからんな」

『ギェ~……』


 なんか悲しそうな鳴き方だ。


「もし一匹なら……俺と一緒にいてくんない?」

『ギェッ!?』


 もじゃもじゃがボワッと膨らんだ。今日一番の膨らみ方だけど、俺と一緒にいるのってそんな恐ろしいことなのか?

 確かに俺は弱そうだけども……。


「いや、俺も一人じゃ怖いしさ。お前だって一匹じゃ心細いだろ。……たぶん」

『ギェ……』

「それに、ここまでギエッて反応くれるやつがまた蹴られたり、……食われたりするの、嫌だし……」

『ギエッ……ギェギェッ』


 すると、もじゃもじゃは軽やかに鳴きながら、俺の足元にすり寄ってきた。

 最初はなんか怖いと思ってた髪の毛みたいなやつだけど、今はこの洞窟で一番安心する生き物に思えた。


「おぉ……ありがとな、もじゃもじゃ」


 ◇


 どのくらい歩いただろうか。

 こいつと一緒に歩いてると、さっきより怖くない。一人じゃないってありがたいな。


 もじゃもじゃは細い足でよたよた歩いている。遅い。

 でも、どこに行けばいいかわからないし、特に急ぐ理由もないのでのんびり移動していた。


 幸いこの付近にデカいモンスターはいなくて、現実サイズで色味だけおかしい、光るトカゲやムカデみたいなやつしかいなかった。


 ――ぐぅ~~


 シーンとした洞窟に腹の音が響き渡る。

 結構大きめだった。

 そういえば今日、遅刻しそうで朝ごはんを食べていなかったな。昼は揚げパン一個だけだし。


「腹減ったな……」


 そう独り言をつぶやくと、もじゃもじゃが急に俺の前に出てくる。

 何かを訴えるように、体をぶんぶん揺らしていた。


『ギェッギェッ!――グエッ』


 俺はもじゃもじゃを鷲掴みにして岩陰に隠れると、小声で問いかける。


「どうしたもじゃもじゃ……!どこにモンスターがいるんだ……!?」

『……ギェ~』


 もじゃもじゃが呆れたように鳴く。いや、なんで呆れてるんだよ。

 俺はキョロキョロと周りを警戒するが、モンスターらしき姿は見えない。


「……なんだ、いないじゃんか。脅かすなよ」

『ギェッ、ギェッ』


 もじゃもじゃの細い手が俺の腕を引っ張る。しかも、かろうじて見える程度だったはずの短い手が、俺の肘に届くほど長く伸びていた。


 もじゃもじゃ、ほんとになんていう生物なんだ?ちょっと不気味だぞ。


 そんな俺の気も知らず、ぐいぐい引っ張ってどこかに行こうとする。

 諦めてついていくと、岩陰に青白く光る椎茸みたいなキノコが大量に生えていた。


『ギェ』


 もじゃもじゃが俺を見上げている。たぶん。


「もしかしてお前、これを教えようとしてた?」

『ギェッ』


 ボワッと膨らむ。肯定……なのか?

 膨らみ方にも種類があるのか。恐怖でプルプル震えるやつと、弾力ある感じでボワッとなるやつ。

 意外と違うもんだな。


「なんだ敵じゃなかったのか……よかった~」

『……ギェ〜』


 ……さっきと同じトーンの呆れ声だな。さっきのもそういうことか。


「ごめんごめん。モンスターに見つかったら生き残れる気がしなくてさ。お前は優しいんだな」


 改めてキノコを見る。

 壁に反射するくらい青白く光ってて、正直怪しさしかない。


「これ……食っていいの?」

『ギエッ』

「本当に?毒とかない?」

『ギェギェッ』

「いやでもこれ光ってるじゃん……本当に――」

『……』


 もじゃもじゃが黙った。

 心なしか背景がずーんとしてる気がする。


「ごめんって!疑いすぎたな!!」


 俺は覚悟を決めてキノコをガブッとかじった。

 途端に、口の中に梨みたいなみずみずしい甘さが広がる。


「う、うまっ……!!これほんとにキノコ!?フルーツじゃん!」

『ギェェッ!』


 もじゃもじゃは得意げにボワッと膨らんだ。

 これはきっと、ドヤってるんだな。

 ……というか。


「俺の言葉わかるのかよ!!」


 かなり遅いタイミングで気付く俺。

 独り言にずっと反応してくれるから俺もそのまま喋ってたけど、通じてるとか通じてないとか、そこまで考えてなかった。

 猫に話しかけるのと同じ感覚だったんだよ。


『……ギェ〜』

「だからそれ、呆れてる時の声だろ……。分かってきたからな、俺も」


 俺は周りに生えてる他のキノコも完食すると、膨れた腹をなでながら言った。


「でもおかげで腹いっぱいになったよ。お前が食っても大丈夫なやつと、俺が食っても大丈夫なやつって絶対違うと思ったけど、このキノコ関してはセーフだったな。ありがとな」

『ギェ~』


 もじゃもじゃはちょっと照れてるのか、上下にフワフワしている。わかりやすいやつだな本当に。

 そしてそのまま俺の足元をすり抜けて歩き出した。


「なんだよ、もう行くのか?俺腹いっぱいなんだけど……」

『ギェッギェッ』


 ギェギェ言いながらどんどん歩いていく。いや歩いてるっていうか――


「もじゃもじゃ、お前足ちょっと伸びてないか?」


 さっきまでよたよた歩いてたくせに、今は足が少しだけ長くなってスタスタ進んでいる。

 手が伸びた時も思ったけど、お前の体どうなってんだ。


「待てって、置いてくなよ!」


 一分程歩くと、地面がじめっとしてきた。

 空気もひんやりと変わった気がする。


 もう少し進むと、開けた場所に出た。

 地底湖っていうのかな、洞窟の中にある湖みたいなやつ。水面が青白い光を反射してて、ちょっと幻想的だ。


「水じゃん!ちょうど喉乾いてたんだよ」

『ギェッ』


 もじゃもじゃが得意げに膨らんだ。

 これも教えようとしてたのか。

 食後はコップ一杯のお水。

 これが分かるなんて、モンスターのくせに気が利くな。


 俺は湖の縁にしゃがんで、手で水をすくって飲んだ。冷たくてうまい。

 富士山の湧き水ってこんな感じだったか。


 さっきのキノコといい、この洞窟意外と住めるんじゃないか?

 ……いや、モンスターだらけだから無理だな。


「もじゃもじゃ。俺、お前が居なかったらとっくに干からびてたかも……」

『……ギェ〜』


 喉を潤して一息ついたところで、なんか静かだなと思った。

 さっきまでどこかしらで何かがカサカサ動く音とかしてたのに、今は遠くで水が滴る音しか聞こえない。


「……なあ、静かすぎないか?」


 小声で話しかけると、もじゃもじゃの動きが止まった。そしてゆっくりと横を向く。

 というか、体全体が俺の斜め後ろを向いてる。

 俺もつられてそっちを見ようとして——


『ギェエッ!!』


 もじゃもじゃが俺の顔面に飛びついてきた。視界が真っ黒……というか毛だらけになる。


「うおっ、なんだもじゃっ、どうした!毛が口に入るだろっ」

『……ギ』


 暴れようとした俺の顔面で、もじゃもじゃが今までで一番小さな声で鳴いた。

 俺はゆっくりともじゃもじゃを顔から剥がしながら、視線を下に向ける。


「後ろに……何かいるのか?」

『ギェ……』


 めちゃくちゃ震えている。

 俺が大声出したときよりもパンパンに膨らんでるし。

 こんなデカくなれたんだ……いや感心してる場合じゃないんだけど。

 もじゃもじゃが本当に怯えているのがわかって俺も怖くなってきた。


 見るな、ってことだよな?

 でも見ないとどんなモンスターなのかわからないじゃん……。

 そのまま逃げるのも怖いし、というか逃げるにしてもどっちに逃げればいいのか決められない。


 そこで俺は、思い出したかのようにポケットからスマホを取り出した。

 画面は相変わらず真っ暗だけど、このツヤが鏡代わりになる。

 碧がよく前髪チェックに使ってたやつだ。


「お前の兄貴は今からモンスターチェックに使うよ……」


 背後にスマホを向けて角度を調整すると、斜め後ろの岩壁が映った。

 そこに張り付いてる、女の形をした白い何か。


 腰から下は太い蛇の胴体になっていて、岩の凹凸に巻きついている。

 頭には髪の毛の代わりに無数の細い蛇がびっしり生えてて、その頭は……全部こっちを向いていた。


 いや……えっ?メデューサ!?

 頭に蛇ってメデューサだよな!?

 神話の……ギリシャ神話のやつがなんで日本の地下に!?そこでいうとさっき見たドラゴンもだけど!


 岩壁だから五メートルくらい離れているが、本体の目もジッとこっちを見てるのがわかった。

 獲物と認識されていることにゾッとする。


 それにしても……なんで近づいてこないんだ?

 こっちに来てほしいわけじゃないよ?

 ただ、なんでじっとしてんだろうな~って。


 あ。

 待ってるのか、俺が振り向くのを。


 メデューサは目が合ったら石になる能力をもってる事で有名だ。

 もしかして、さっきもじゃもじゃが顔面に飛びついてきたのって、俺が目を見ないように止めてくれたのか?

 お前めちゃくちゃいいやつじゃんか……。


 思わず感動して、もじゃもじゃを見下ろす。


『ギェッ、ギェッ』


 焦りながら俺の腕を引っ張るもじゃもじゃ。


 そうだね!感動に浸ってる場合じゃないね!

 今はとにかく、この場から逃げないと。

 でも、変に動いたらメデューサが近づいてくるんじゃないかと思うと足が動かない。


 ――ズルッ


 後ろの岩壁から何かが下りてくる音がした。

 それはメデューサ以外ありえなかった。

 俺たちがあまりにも動かないから、しびれを切らしたのかもしれない。


『ギェエエッ!!』

「逃げるぞっ……!!」


 来た道にはメデューサがいる。

 俺はもじゃもじゃを抱えると、湖の奥のほうへ走り出した。


 ——シャアアァッ!

 ——ジャリジャリジャリッ


 走り出すのと同時に、メデューサも逃がすまいと追いかけてきた。

 背後から、砂利の上を大型の車が通るような音がする。

 ……あれ、蛇の胴体が地面を擦ってる音だよね?捕まったら確実に粉砕骨折……!


「いぃぃやああああ!!怖い怖い怖い!!」

『ギェーーエエッ!』


 全力で叫びながら全力で走るが、蛇の声はどんどん近づいてくる。


 くそっ!!蛇の下半身速すぎるんだよ!

 足ないくせに、足ある俺より全然早いのおかしいだろ!!


「まじでッ……!!終わる……!!」


 蛇の威嚇音がもう耳元で聞こえる――その時だった。

 もじゃもじゃの体から、何かがにょきっと生える。


 あ、足!?

 いつかのSNSで見たコチドリのような細くて長い足が、もじゃもじゃの体から2本にょきっと生えて、同時に腕も同じくらい伸びた。

 そして俺の腕をがっしり掴む。


「え、ちょ、もじゃ——」


 次の瞬間、景色が吹っ飛んだ。


「っっっ!!?」


 速い。いや速いなんてもんじゃない。

 風が顔に当たって目を開けていられないくらいだ。てか俺の足、地面ついてないんだけど!


「お前なんなのその足!ずっと持ってたの!?なんで最初から出さなかったの!?」

『ギェエエッ!!』


 返事になってない!ていうかお前も必死かよ!


 ——いっ……!


 腕に鋭い痛みが走る。

 靴下で止血してた傷が衝撃で開いたようだ。

 血が腕から垂れてるけど、今は気にしてる場合じゃなかった。

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目覚めたら地球が異世界だった 宵零ルノ @Luno_Theta

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