ある一家の行方を追って 第二話


         第二話



 被調査人:矢部邦子 (三十二歳) - 以下本人と称す

 現住所:不明

 以前の住所地:香川県丸亀市土居町一丁目16番○号(実家)

 調査事項:本人の現住所の割り出しと、現況、その他について


 ある日を境に、依頼人の恋人であった矢部邦子は連絡が取れなくなった。

 携帯電話が突然、「おかけになった番号にはおつなぎできません」とアナウンスが流れた。

 つまり解約されていたのだ。


 依頼人も本人も二十七歳の時だった。


 依頼人は東京の大学卒業後、都内のIT企業に就職、約五年が経過してそろそろ結婚を本人に希望していたが、本人の家族の状況からもう少し待って欲しいと言われていた。

 そして、まもなく連絡が取れなくなった。


 手紙を出したが、「転居先不明」で返送されてきた。

 両親と暮らしているはずなのだが、いったいどうしたのだろうと依頼人は焦る。

 そして、本人の勤務先の観光旅館に電話をしてみたが、既に退職していた。


 

 依頼人は現在三十二歳、私はこの案件を頼まれた時、依頼人は本人を何故すぐに探そうとしなかったのかと不思議に思った。


 高校時代からずっと交際し、結婚を約束した関係でいながら、連絡が途絶えてしまった時に何故すぐに丸亀に帰らなかったのかと。


 または多忙であるなら、すぐに調査会社に依頼しなかったのかと。

 すぐに行動していれば、聞き込みの対象も広く、判明する可能性は高い。


 連絡不能になってから既に五年が経過しているとあっては、手掛かり先を追って行くやり方にかなり無理がある。


 それに、個人や企業の個人情報の意識が大きく変わってきて、個人情報保護法の制定、企業や団体等のプライバシーポシリー等の確立などもあって、探偵業界も家出や所在不明案件は判明率がグッと下がってきているのが実情である。


 「五年前ならすぐに居所が分かったのに・・・」


 私は列車の中、調査依頼書を何度も何度も読み返しながら思った。


 大手調査会社を退職した私は、違法(?)裏ルートを持っていない。

 それなりのルートはあるが、本人や家族が住んでいた住所地からそれぞれの現在の居住地を公簿、つまり戸籍謄本などから割り出す方法はきわめて難しい。


 家出人や行方不明者の捜索の場合、家族からの委任状があれば公簿を取得することも可能だが、依頼人はアカの他人である。

 委任状の取得は不可能である。


 従って、基本は聞き込み調査となった。

 勿論念のため、あるルートでの捜索を依頼しているが期待はできない。



 山陽新幹線で岡山まで行き、そこからはJR瀬戸大橋線から予讃線を走る特急南風5号に乗り換えると、何と四十分足らずで丸亀に到着する。

 意外と近いのだ。


 昼過ぎにはJR丸亀駅に着いた。

 先ずは本人が生まれ育った矢部家のあった丸亀市土居町に向かった。

 駅から一キロあまりの距離だ。歩いても大したことはない。


 駅から南へ下り、京極通りという大通りを東へグングン歩いていくと土器川にあたる。

 蓬莱橋の手前を土手沿いに南へ少し歩くと土居町だ。


 丸亀市土居町一丁目16番○号は川沿いに位置していた。

 いや、川沿いというよりも、川のほとりに建っていたと表現した方が当てはまる。


 「何だこの家は・・・」


 私は一瞬立ち尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵手帳 ③ 藤井弘司 @pero1107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ