第2話 王子との結婚はキャリアの墓場です

「よくいらしてくれたわ!さあおかけになって。ねえあなた……随分とビジネスに詳しいのね」


 私は興奮していた。やっと見つけたのだ。話がわかる人間が。


「あ、あの……すみません、こんな……おかしいな、こんな展開ゲームにはなかったはずなのに……」


 呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。


「……ゲーム?」


「いえ!こちらの話です。ローザ様もとてもお詳しいのですね。コンサルでも入ったのかと思いました」


「……私は、そのコンサルになりたかった女よ」


 ぽつりと唇から出た言葉はあまりにも寂しい声色をしていた。


「私、前世の記憶があるの。日用雑貨業界の卸売業兼コンサル――そうなる前日に、死んだ。嘘みたいな話でしょう、事実なのよ。あなたには……分からないかもしれないけれど」


「それでそこまでお詳しかったのですね……あの、それって転生した……ということなのでしょうか」


「多分ね。前世の名前まで覚えてるのよ。和泉杏子、好きな食べものは砂肝とホッピー」


「……伏見小百合ふしみさゆり


 リリーは顔を上げた。


「私の前世での名前です」


 やはり同じ日本人だったのか。道理で話が早い人間だと思った。


「私は前世ではチェーン店の雑貨屋の店長をしていました。残業が続いて……その日は遅出だったので、のろのろ横断歩道を歩いていたんです。そしたら、飲酒運転の暴走車にぶつかって」


「あなたもその場所にいたのね……私もよ。登記が終わって法務局から出てきたところだった」


「そう!法務局前です!あなたも……そうなんですね、ローザ様……ええと、和泉さん」


 その名前で呼ばれるのは何年ぶりだろうか。懐かしくなり、少しだけ口元が緩んだ。


「でもまさか『薔薇の鎖と百合の鳥籠バラユリ』の主人公とライバル令嬢が二人とも転生者だなんて」


 聞いたことがない。それもそうだ。私はコラボグッズくらいしかアニメやマンガ作品を知らない。バズったものはチェックするが、乙女ゲームはノーチェックだ。


「あの……それはゲームなの?簡単でいいから、ストーリーを教えてくれる?」


 彼女の話ではこうだ。この世界は乙女ゲーム『薔薇の鎖と百合の鳥籠』の世界。通称『バラユリ』。

 主人公はリリー・ウィルソン。辺境の村からやってきた少女で、聖女の力を持っている。国立フェリーチェ学園で様々な男性と出会って恋に落ちたり冒険したりする、という話らしい。そしてそのライバルが悪役令嬢ローザ・アマレッティ――私だ。


「王子ルートが正規の歴史と考えると……リリーが王子と結婚することになるんですよね。でもそれはすごく嫌で。私の推しじゃないので。回避したいです」


「……私はどうなるのかしら」


「リリーが王子殿下を選ばなかった場合は、ローザ様が王子と結婚することになりますね」


「結婚!?冗談じゃないわ!キャリアの墓場じゃない!」


 私は立ち上がった。メイドが目を丸くしている。それもそうだ。王室に嫁ぐのは最高の名誉なのだから。


「ど、どうすれば回避できるの。教えて」


「お、落ち着いてください和泉さん。断罪イベント……というのがあります。王子の目の前で私をイジメた罪を暴かれ、追放されるストーリーです」


「追放?そしたら家からも縛られずに自由になれるってことね。最高じゃない!それでいきましょう!」


「でもそれは……私が王子ルートに入らないといけません」


 どちらかを天秤にかけなければならないということだ。お互いに幸せになるのがビジネスだ。三方良し。それが長くビジネスを続ける秘訣だ。彼女を犠牲にして得られる幸せなんて紛い物だ。ババ抜きのジョーカーを押し付け合っている場合ではない。


「……あとどのくらいでその断罪イベントは起こるの?」


「一年です」


 短い。短すぎる。いかに王子との結婚を回避し、断罪イベントを経て二人とも自由を手にするか。


「いい方法を考えないといけないわね……」


「とりあえず、断罪イベントが起こるように私は王子に取り入るようにします。和泉さんは私を徹底的にイジメてください。フリじゃダメですよ、バレないように本気でやってください」


「い、イジメるって……どうやるのよ」


「和泉さんて……すごく、いい人なんですね?」


 伏見小百合は目をぱちぱちとさせた。

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