悪役令嬢は卸したい〜転生してもMDとして生きていきます

夜野ミナト

第1話 コンサルタント悪役令嬢

 真新しい登記書類を手にして、私は有頂天でいた。

 和泉杏子いずみきょうこ、43歳。私はようやく自分の会社を手にすることができた。

 元々日用雑貨メーカーの営業部に勤務していた私は、ショップとの架け橋になっている卸売業を面白いと感じていた。

 店のコンセプトに合わせた提案を。それはメーカーでもできた話だが、細かな調整は卸売業者が行うことが多いのだ。

 二大巨頭と呼ばれる日用品卸売企業には規模で叶わない。殆どのチェーン店は彼らの息がかかっている。星の数ほど仕入先を持ち、圧倒的物量で店の棚を支配する。さながらそれは売り場を支配する領主コンサルのようでカッコいい。


 転職すれば良かったのかもしれない。それでも、己の営業スキルでコンサルタントとして小さな雑貨屋さんとつながってみたい。素敵な雑貨が並ぶ店を、プロデュースしてみたい。そんなささやかな夢は絶たれてしまった。

 車に轢かれた。それも、飲酒運転していた暴走車に。一瞬が永遠に感じた。意識が混濁している中、私は登記書類だけは手放すまいと、手に力を込めていた。


***


「わたくしの城が!!」


 ガタン、と椅子をひいて立ち上がる。

 一斉に視線が集まった。


「……ローザ・アマレッティ侯爵令嬢、どうかなされましたか」


 そこは確かに教室だった。目の前に緑色をした黒板に数式が書かれ、周りの人間は制服を着ている。


「あ……いえ、はしたない真似をしましたわ、失礼」


 お辞儀をして席につく。思い出した。私は今、ローザ・アマレッティ公爵令嬢として第二の人生を送っている。いや、言い方に語弊がある。和泉杏子は暴走車に轢かれて死んだのだ。だからこれは転生したと言ったほうが正しい。


 何故前世の記憶を思い出せたのかは分からない。これは神様の思し召しということにしよう。そうでなければ都合が良すぎる。

 チャイムが鳴り、授業が終わる。異世界のようだが、このあたりのシステムは日本と変わらないらしい。


「ローザ様、学園祭はどういたしましょう」


 女子生徒が話しかけてきた。


「どう……って、喫茶店を開くと伺っておりますけど。それが何か不都合でも」


 女子生徒は苦い顔をした。この世界では『金を稼ぐ』ということが最も卑しいとされている。馬鹿げた話だ。世界は商業と通貨で回っている。お前の着ているその制服も、そのアクセサリーも。商業の手がかかっているということを世間知らずな子息令嬢は理解していないのだ。彼らはお茶会とダンスパーティーで世界が回っていると信じている。


「私そんな……喫茶店だなんて、庶民の真似事……」


「コンセプトをしっかり考えれば高級感は出せるわ。メニューも勿論ですけれども、店のインテリアもきちんと整えれば、素敵なお店は演出できるはずよ」


「流石ですわ!ローザ様!」


 至極当然のことを言ったまでだ。住む世界が違う。牛丼屋で昼食をとり、夜遅くまでエナドリ片手にキーボードを叩いていたワーカーホリックと、親の脛をかじりその資産を食い潰す子女と話が合うわけがない。

 上手くいくビジョンが描けない。喫茶店なんてできるのか、本当に。


「あの……メニューの件ですけど……これは少し多すぎる気がします。店の規模に対してマンアワーの計算が合いません。売上の8割を占めるであろうメニューをピックアップしましたので、こちらで進めるべきかと……」


「庶民のクセに口を挟むなんて生意気ですわね!」


 マンアワー計算と言ったか、今。

 売上の8割を占めるメニューで勝負すべきと言ったか。

――この女、まさか。


「……声を荒げないでくださいまし。はしたないですわよ」


 扇子で令嬢をやんわりと制し、私はその少女を見た。髪飾りは確かに地味だが、染色の色が隣の令嬢のものよりも鮮やかに見える。留め具のパーツが装飾のようになっており、明らかに『職人の手が入った一点もの』だ。彼女は『良いモノ』を見抜く目を持っている。


「あなた……名前は?」


「は、はい。リリー……リリー・ウィルソンです」


 彼女はもしかしたら、私と同じものを持っているかもしれない。ならば、賭けよう。


「……業務の属人化を排除しなければならはいわ。オペレーションを標準化してマニュアル(SOP)を作成しておいて」


「品質の均一化と業務フローの可視化を行うのですね、畏まりました。明日までに用意します」


 話が早い。早すぎる。この世界の庶民って皆そうなの?そんなはずなくない?


「あとあなた。後で……私の部屋にいらっしゃい。お茶を淹れてあげるわ」


 教室がざわついた。それもそうだ。庶民の彼女が侯爵令嬢に招かれることなど、殆どあり得ないことなのだから。


「こ、光栄です……」


 リリーは固まっていた。

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