第16話 選択肢

 その夜、ミナは再び白い空間に立っていた。


「……来ると思ってました」


 目の前に現れたのは、あの運営者。

 相変わらず感情の薄い視線で、ミナを見つめている。


「災厄イベントは、想定以上の結果をもたらしました」


「……ごめんなさい」


 反射的に、頭を下げていた。


 運営者は首を振る。


「謝罪は不要です。

 あなたの行動は、最適解でした」


 その言葉が、逆に重い。


「……それで、今日は?」


 運営者は静かに手を上げる。

 白い空間に、三つのウィンドウが並んで表示された。


【選択肢1:元の世界へ帰還】

【選択肢2:力の完全封印】

【選択肢3:この世界に残留】


「……選択肢?」


「はい。

 これ以上、無制限の状態を放置することはできません」


 ミナは一つ目を見る。


「帰る……?」


「あなたが来た世界へ戻します。

 この世界での影響は、私たちが処理します」


 胸が、少しだけ楽になる。

 だが同時に、引っかかりもあった。


「……それ、うまくいきますか」


「保証はありません」


 正直な答えだった。


 二つ目を見る。


「力の……封印」


「あなたの補正を、強制的に停止します。

 成功すれば、あなたは“普通の初心者”になります」


「成功すれば?」


「失敗すれば、存在が不安定化します」


 ミナは息を呑んだ。


 そして、三つ目。


「……残る」


「はい。

 あなたを世界の調整変数として組み込みます」


「……つまり?」


「あなたが存在することを前提に、

 世界を再設計します」


 沈黙が落ちる。


「……逃げるか、賭けるか、背負うか」


 ミナは、小さく笑った。


「どれも、初心者向けじゃないですね」


「その通りです」


 運営者は否定しなかった。


 ミナは目を閉じる。

 街の人たちの顔が浮かぶ。

 怯えていた冒険者。

 救われた人たち。


「……私、よく分からないまま、ここまで来ちゃいました」


 ゆっくりと目を開く。


「でも……困ってる人を見て、

 何もしないで帰るのは、できません」


 運営者は黙って聞いている。


「力を封じるのも、怖い。

 失敗したら、何も守れない」


 そして、最後に。


「……だから」


 ミナは、三つ目のウィンドウを見た。


「この世界に、残ります」


 白い空間が、わずかに揺れた。


「了解しました」


 運営者が告げる。


「あなたは今後、

 “世界調整対象・常駐”となります」


 表示が切り替わる。


【選択確定】

【初心者・ミナ:世界残留】


 ミナは、静かに息を吐いた。


「……初心者のままでも、いいですよね」


「問題ありません」


 運営者は初めて、ほんのわずかに柔らかい声で言った。


「あなたは、初心者だからこそ、

 この役割に耐えられる」


 白い空間が溶け、現実に戻る。


 ミナは立ち上がった。


 選んだ。

 逃げずに、背負う道を。


 物語は、ここから“仕様”として続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る