第15話 本人の葛藤

 街は救われた。

 誰もがそう言った。


 だが、ミナの胸は少しも軽くならなかった。


 宿の部屋で、膝を抱えて座る。

 外から聞こえるのは、祝いの声。感謝の言葉。

 それらすべてが、遠い。


「……私、何もしてないのに」


 触れただけ。

 たまたま立っていただけ。


 それなのに、世界を左右した。


 ステータス画面を開く。


【レベル:1】

【攻撃力:1】

【防御力:1】


「……初心者のまま」


 知識も経験も、何一つ追いついていない。

 判断を間違えれば、次は“守る”じゃ済まないかもしれない。


 脳裏に、あの表示が浮かぶ。


【介入は不可逆】


「……取り返しがつかないってこと、だよね」


 もし、間違えたら。

 もし、怒りに任せたら。

 もし、人を傷つけてしまったら。


 誰も止められない。


 それが、一番怖かった。


 ノックの音がする。


「……はい」


 入ってきたのは、以前忠告してきたSランクの女性冒険者だった。


「少し、いい?」


 ミナは黙って頷く。


「……英雄扱い、されてるわね」


「……やめてほしいです」


 即答だった。


「私は、正しいことをしたかも分からない」


 女性はしばらく黙り、やがて口を開く。


「それでも、あなたが動かなければ、

 多くの人が死んでた」


「でも……」


「“できる”と“やるべき”は違う。

 でも、“やらなかった後悔”は、ずっと残る」


 ミナは俯いたまま、拳を握る。


「……私、初心者なんです」


「ええ、知ってるわ」


 女性は微笑んだ。


「だからこそ、悩める。

 最初から最強だと思ってたら、

 ここまで苦しまない」


 その言葉が、少しだけ胸に染みた。


「……私、選べるんでしょうか」


「選べるわ」


 即答だった。


「逃げることも、関わることも」


 女性は立ち上がる。


「ただし、選ばないという選択肢はない」


 ドアが閉まり、再び一人になる。


 ミナは窓の外を見る。

 平和な夜景。


「……初心者でも」


 震える声で、呟く。


「間違えながらでも、考え続けるしかないんだ」


 最強でも、救世主でもない。

 ただの初心者として。


 それが、彼女が出した、最初の答えだった。

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