第14話 無自覚の救世主

 災厄級ボス〈カタストロフ〉は、世界そのものだった。


 翼をはためかせるたび、空間が引き裂かれ、重力が乱れる。

 魔法も、剣も、近づく前に消し飛ぶ。


「無理だ……」

「こんなの、勝てるわけがない……」


 誰もが絶望する中、ミナだけが前に立っていた。


「……思ったより、大きい」


 それが、彼女の感想だった。


 特別な構えも、詠唱もない。

 ただ、いつも通りに歩く。


 カタストロフの視線が、ミナに向いた瞬間。

 空間が圧縮され、彼女を押し潰そうとする。


 ――だが、何も起きない。


「……効いてない?」


 ミナは首を傾げる。


 表示が、視界の端で震える。


【相殺中】

【補正値:再計算】


 ミナは、カタストロフに触れた。


 それだけだった。


 触れた部分から、巨大な存在が崩れていく。

 音も、光もなく、ただ“削除”されるように。


「……え?」


 ミナ自身が、一番驚いていた。


 次の瞬間、カタストロフ全体が崩壊する。

 空の裂け目が閉じ、赤黒い色が消えていく。


 数秒。


 それで終わった。


 静寂が、世界を包む。


「……勝った?」


 誰も答えられない。


 空に、最後の表示が浮かんだ。


【災厄級イベント:完了】

【被害:最小】

【世界安定度:回復】


 人々が、ゆっくりとミナを見る。


「……今の、何?」

「魔法でも、技でも……」


 ミナは慌てて手を振った。


「ち、違います! たまたま……」


 だが、その言葉は届かない。


 膝をつく人。

 涙を流す人。

 祈る人。


「……女神?」

「救世主……」


「や、やめてください!」


 ミナは後ずさる。


 ただ触れただけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 その夜、街は彼女を讃えた。

 だが、ミナは一人、宿の部屋で膝を抱えていた。


「……私、何したの」


 ステータスを開く。


【レベル:1】

【攻撃力:1】


 何も変わっていない。


「……無自覚のまま、世界を救っちゃった」


 それは、誇りではなく、恐怖だった。


 彼女はまだ知らない。

 “救世主”という役割が、どれほど逃げ場のないものかを。

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