第12話 修正不能

 翌日から、世界は明らかにおかしくなった。


 朝起きると、宿の窓の外に見える景色が微妙に違う。

 建物の位置が数歩ずれていたり、道の幅が昨日より広くなっていたりする。


「……書き換わってる」


 ミナは確信した。

 運営が、何かをしている。


 街に出ると、空中に半透明のウィンドウが一瞬だけ表示されては消える。

 一般の人には見えていないらしい。


【修正パッチ適用中】


 嫌な予感がした。


 その直後、視界が再び暗転する。

 白い空間。昨日と同じ場所。


「――修正試行、第三段階」


 運営者が現れる。

 その背後には、無数の数式とエラーログが流れていた。


「何を……するんですか」


「あなたの“補正値”を分離します」


 ミナの足元に、巨大なステータス画面が展開される。


【基礎値:1】

【補正値:∞】

【分離処理:開始】


 空間が軋む。


「……っ!」


 身体が引き裂かれるような感覚。

 息が詰まり、膝をつく。


「やめ……!」


【エラー】

【補正値が基礎演算に再接続しました】


「……なに?」


 運営者の声に、初めて明確な焦りが混じった。


「再試行」


 再び処理が走る。


【補正値制限:設定】

【上限値:9999】


 一瞬、補正値が縮む――ように見えた。


 次の瞬間。


【9999 → ∞】

【上限突破】


 空間が激しく揺れる。


「……止めて!」


 ミナの叫びと同時に、白い世界がひび割れた。


 運営者が後退する。


「……理解不能。

 あなたは、補正を受けているのではない」


「え……?」


「あなた自身が、補正そのものになっている」


 ミナは呆然とした。


「私が……バグ?」


「いいえ」


 運営者は静かに否定する。


「あなたは“例外”です。

 仕様にも、バグにも分類できない」


 世界の基礎計算は、

 すでにミナを前提に回っている。


「……じゃあ、直らない?」


「はい」


 短い肯定。


「修正不能です」


 白い空間が静まる。


「……私、どうなるんですか」


 運営者は答えなかった。

 代わりに、新しい表示が浮かぶ。


【次段階イベント:強制発生】

【災厄級シナリオ:前倒し】


「……災厄?」


「世界は、あなたという“過剰”を相殺しようとします」


 視界が崩れ、現実に戻る。


 外では、空が不自然に赤く染まり始めていた。


 修正できないなら、壊してでも均衡を取る。


 世界はそう判断した。


 そして――

 その代償を払うのは、いつも“中にいる者”だった。

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