第11話 運営者の影

 世界が再構築を始めてから、空気が変わった。


 魔物は現れる。

 だが、どれも不自然なほど弱い。


「……レベル1向け?」


 ミナは街外れで現れた魔物を見て、違和感を覚えた。

 本来なら中級者向けのはずの敵が、動きも攻撃も鈍い。


 ミナが何もしなくても、周囲の冒険者だけで簡単に倒せてしまう。


「世界が、私に合わせて……」


 胸が重くなる。


 その夜、宿の部屋で眠ろうとした時だった。


 視界が、唐突に暗転する。


「……っ?」


 気づくと、ミナは真っ白な空間に立っていた。

 床も壁も天井もない、無限に広がる白。


「ここ……どこ?」


 返事はなかった。


 代わりに、目の前の空間が揺らぎ、人の形をとる。


「――確認対象、発見」


 声は無機質で、感情がない。


「……誰?」


「私は“運営”の一端。

 世界進行と数値管理を担当している」


 ミナは息を呑んだ。


「……やっぱり、いるんだ」


 管理者はミナを見下ろす。


「あなたの存在は、想定外です。

 基礎値1に対し、補正値が無限化している」


「それ、直せないんですか?」


 即座に返した言葉に、運営者は沈黙した。

 

「……修正を試みました。

 結果、失敗しています」


「失敗?」


「あなたのステータスは、

 世界の基礎演算と結合してしまった」


 ミナの背筋が冷える。


「つまり……」


「削除すれば、世界が崩壊します」


 白い空間に、警告が走る。


【修正不可】

【削除不可】


「……そんな」


 ミナは拳を握りしめた。


「私、どうすればいいんですか」


 運営者は少しだけ視線を逸らす。


「……現状、あなたは“重力定数”のようなものです」


「じゅ、重力……?」


「存在するだけで、世界の計算式が変わる」


 沈黙。


「……怖い、です」


 本音が漏れた。


 運営者は初めて、ためらうような間を置いた。


「……監視を続けます。

 それしか、方法がありません」


 白い空間が崩れ、視界が戻る。


 ミナはベッドの上で、荒い息をしていた。


「……運営、か」


 逃げられない。

 消えられない。


 そして、止めることもできない。


 影はすでに、彼女のすぐ後ろまで来ていた。

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