第5話 バグの正体

 街道を歩きながら、ミナは何度もステータス画面を開いては閉じていた。

 数字は相変わらず最低値のまま。

 だが、時折走るノイズだけが、異常を主張している。


「条件があるのかな……」


 攻撃したとき、防御したとき。

 強い感情が動いた瞬間に、画面が歪む気がした。


 街道の先に、小さな洞窟が見えた。

 初心者向けの狩場らしく、入口には簡単な注意書きが立っている。


【推奨レベル:3】


「本来なら入っちゃダメなやつ……」


 ミナはしばらく迷ったが、周囲に人がいないのを確認してから足を踏み入れた。


 洞窟の中は薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。

 奥から、低い唸り声。


 現れたのは、黒い肌の大型ゴブリンだった。

 筋肉質で、武器まで持っている。


「……危険、だよね」


 だが逃げない。

 ミナは、自分の中にある“違和感”を確かめたかった。


 ゴブリンが棍棒を振り下ろす。

 

 ――ゴン。


 直撃。

 だが、衝撃はほとんど感じない。


「……やっぱり」


 ミナは目を閉じ、意識を集中させた。


「お願い、見せて……」


 ステータス画面が強制的に開く。


【攻撃力:1】

【防御力:1】


 その下に、今までで一番はっきりした文字が浮かび上がった。


【内部演算:再計算中】

【基礎値:1】

【補正値:∞】

【最終結果:適用】


「……∞?」


 思わず声が漏れる。


 次の瞬間、ゴブリンの棍棒が砕け、体が後方へ吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられ、動かなくなる。


 ミナは震えながら、画面を見つめ続けた。


「補正値が……無限?」


 理解できない。

 レベルも、装備も、スキルもない。


 あるのは“基礎値1”だけ。


「……基礎が1だから?」


 ふと、思いつく。


 もしこの世界の計算式が、

 最終結果=基礎値 × 補正値

 だとしたら。


 基礎値が0なら、何も起きない。

 でも1なら――そのまま補正が反映される。


「……それで、∞」


 初心者だからこそ、基礎値が低すぎた。

 その“低すぎる数値”が、補正処理を暴走させている。


 ミナは乾いた笑いを漏らした。


「最弱だから、最強……?」


 冗談みたいな理屈だ。


 画面が最後に、警告文を表示する。


【警告:本個体は仕様外です】


 すぐに文字は消え、いつものステータスに戻った。


 洞窟の静寂の中で、ミナは一人、立ち尽くす。


「……見つかったら、消されるよね」


 このバグは、偶然じゃない。

 そして、隠し通せるものでもない。


 ミナは出口に向かって歩き出した。


 知らぬ間に、世界そのものから“異物”として認識され始めていることを――

 まだ、完全には知らないまま。

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