第4話 ダメージゼロの理由

 ミナは森を抜け、小さな街道に出ていた。

 さっきのウルフの件以来、なるべく物に触れないよう、足取りも慎重になる。


「攻撃力だけじゃない……よね」


 不安は、すぐに現実になる。


 街道脇の草むらから、突然何かが跳び出してきた。

 甲殻に覆われた大きな甲虫型の魔物。角が鋭く、明らかに硬そうだ。


「ちょっ……!」


 避けきれず、角がミナの脇腹に突き刺さる――はずだった。


 ――カンッ。


 乾いた音が鳴っただけで、衝撃はほとんどない。

 魔物の角の方が、ひび割れていた。


「……え?」


 遅れて感じたのは、軽く押された程度の感触。

 痛みは、ゼロ。


 慌てて距離を取り、ステータスを確認する。


【HP:10/10】

【防御力:1】


「減ってない……」


 魔物は混乱した様子で後ずさりし、再び突進してくる。

 今度は正面から体当たり。


 ――ドン。


 ミナの体は一歩も動かず、逆に魔物が吹き飛んだ。

 地面を転がり、動かなくなる。


「……ダメージ、受けてない」


 心臓がドクドクと鳴る。

 攻撃力だけでなく、防御までおかしい。


 試しに、落ちていた石で自分の腕を軽く叩いてみる。


 ――コツ。


「……うん、触ってる感覚はある」


 だが、痛くない。

 少し強めに叩いても、やはり痛みは来ない。


「防御力1で、これはないでしょ……」


 その時、ステータス画面の下部が再び揺れた。


【防御力:1(内部補正:適用中)】


 一瞬だけ表示され、すぐに消える。


「内部……補正?」


 思い出すのは、攻撃力の時に見えた文字化け。

 どうやらこの世界では、表に見える数値と、裏で計算されている何かが違っている。


「……私、壊れキャラじゃん」


 冗談めかして呟くが、笑えない。


 ダメージを受けないということは、危険を理解しづらくなるということだ。

 間違えれば、街や人を巻き込む。


「……ちゃんと確認しないと」


 ミナは周囲を見渡し、誰もいないのを確かめてから、深呼吸した。


 次は、意識的に“攻撃を受ける”実験。


 さっきの魔物が残した鋭い破片を、指でつまむ。


「……痛かったら、すぐやめる」


 ゆっくり、指先に押し当てる。


 ――キン。


 破片が欠けただけで、皮膚には傷一つつかない。


「……完全に、無効化されてる」


 防御力1。

 HP10。

 

 それらは、ただの飾りだ。


 ミナは静かに画面を閉じた。


「……絶対、目立たないようにしよう」


 そう心に誓いながらも、

 この異常な仕様が、さらに大きな波紋を呼ぶことを――

 彼女はまだ知らなかった。

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