第3話 表示は最弱、現実は異常

 倒れた木を前に、ミナはしばらく動けずにいた。


「……夢、じゃないよね」


 恐る恐る近づき、粉々になった幹に触れる。

 硬い。ちゃんと木だ。幻覚でもない。


 もう一度、自分の手を見る。

 細くて、特別鍛えているわけでもない、普通の女の子の手。


「私が蹴っただけ、だよね……?」


 納得できず、ミナは周囲を見回した。

 森の中には小動物の気配もあり、遠くからはかすかに風の音が聞こえる。


 試しに、今度は落ちていた枝を拾った。

 さっきの小石より軽い。

 

 「……そっと、ね」


 力を入れないよう意識して、前方の地面に投げる。


 ――ドンッ。


 枝が当たった地面が抉れ、土煙が上がった。


「ええええ!?」


 思わず悲鳴が出る。

 枝は粉々になり、地面には小さなクレーターができていた。


「ちがう、ちがう……これはおかしい」


 慌ててステータスを確認する。


【ステータス】

レベル:1

攻撃力:1


「……1のまま」


 どう見ても“1”の威力じゃない。


 背中に冷たい汗が流れる。

 強くなった喜びより、理解できない不安の方が大きかった。


 そこへ、森の奥から音がした。

 ガサガサと草を踏む足音。

 

「……来た?」


 姿を現したのは、灰色の体毛を持つウルフだった。

 スライムよりは明らかに格上の魔物。


「やば……」


 本来なら即逃げるべき相手。

 だが足がすくみ、動けない。


 ウルフが唸り声を上げ、飛びかかってくる。


「来ないで!」


 ミナは反射的に腕を振った。


 ――衝撃。


 風圧だけでウルフの体が宙を舞い、木々をなぎ倒しながら彼方へ消えた。


 数秒後、遠くで「ドォン」という音が響く。


「…………」


 ミナは口を開けたまま、しばらく固まっていた。


「……今の、パンチ?」


 恐怖が、確信に変わる。


 これは偶然じゃない。

 自分の身体そのものが、異常だ。


 震える手で、再びステータス画面を開く。


【攻撃力:1】

【防御力:1】


 その下で、一瞬だけ文字が滲んだ。


【※内部演算エラー】


「……やっぱり、バグだ」


 ミナは静かに呟いた。


 表示は最弱。

 でも現実は、明らかに異常。


 そしてこの力は、自分の意思とは無関係に存在している。


「……目立たないようにしよう」


 そう決めた声は、少しだけ震えていた。

 

 初心者のまま、世界の理を壊す存在になってしまったことを、

 彼女はまだ完全には理解していなかった。

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