第4話

 電話を切った少年はしばらくうつむいて佇んでいたけれど、顔を上げ、ブランコに腰かける咲子の姿を見つけると、真っ直ぐ咲子の方に歩いてきた。


 咲子の隣のブランコに座った少年は、勢いをつけてブランコを二、三度漕ぐと、前にジャンプして着地し、振り返った。


 「なあ、男子と付き合ったことある?」


 面食らった咲子はどう答えたらいいのかわからずに、まじまじと少年の顔を見つめたけれど、月明かりを背にした少年の顔ははっきりとは見えず、代わりにさらりとした髪とその年頃特有の細い手足、そして声変わりしかけのかすれた声がその少年を一人の人間として印象づけていた。


 「ないよ。なんで?」


 「俺、好きな子がいて、俺はスマホ持ってないけど声が聴きたくて、さっき思い切って電話したんだけど、なんか迷惑そうな声ですぐ切られた」


 「今八時じゃん、宿題終わってないんじゃないの?そもそも公衆電話だし」


 「嫌われたと思うとマジ死にそう」


 「そんなの明日会ってみないとわからないよ」


 「お前は好きな人とかいないの?」


 「えっ、いないよ。それどころじゃない」


 「そっか、いきなりごめん…動揺してて」


 「いいよ全然」


 そう言って咲子は少し笑った。


 「なんかごめんな、でも聞いてくれてありがとう。一人で考えてたらどうなるかわからなかった。俺、帰るわ」


 「うん、じゃあね」


 咲子はブランコを揺らしながら町の方に歩いてゆく少年の背中を見送った。


 明日学校で会ってもきっとお互いのことはわからないだろう。好きな子とうまくいくといいけど。


 こんな時神様がいたら、あの少年がわたしに恋をして新しい生活が始まるのかもしれないな…そんな考えが頭に浮かんだ咲子は思わず大きな笑顔を浮かべた。きっと本当の神様はそんな安易なことはしない。毎日のように参ってもお父さんは帰ってこなかったんだから。でもあの少年は確かに存在した。



 明日は早起きして久しぶりに神社に参ろう。咲子は潮の香りがする空気を大きく一度吸い込んで、ブランコを勢いよく漕ぎ、高くジャンプした。

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海が近い町 水遠遥 @faraweyisland

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