第3話

「そんな言い方しなくてもいいでしょ」

「あんたが皿を割ったから、また買わなきゃいけなくなったじゃない」

「わざとしたわけじゃない」

「私は疲れて帰ってるのよ。少し一人にさせて」


「ちょっと公園行ってくる」


 咲子はそう言って家を飛び出した。街灯のまばらな夜の道は静かで、咲子の足は自然と海のほうに向いていた。あの神社を通り過ぎると、遠くから低い汽笛の音が聴こえた。


 漁港に隣接されている公園の、今はほとんど使われていないであろう公衆電話が、LEDライトで煌々こうこうと照らされている。遊具は滑り台とブランコが二台だけの小さい公園だ。


 咲子はブランコに腰かけると、軽く漕いでみた。学校でクラスメイトと話しても、仕事から帰ってピリついた母と話しても、どこか空虚な言葉の羅列が宙に浮かんでいるだけみたいで、自分が本当に世界と繋がっているのか自信が持てなかった。


 もうすぐ満ちるであろう十二月の月が、ブランコから見える海の上に明るく輝いている。波は荒く、空気は冷たく澄んでいて、風が当たると頬がピリピリする。


「やっぱり神様なんていないよね」


 ――なんでこんなことになってるんだろう。わたし何か悪いことしたっけ?――朗らかな父がいなくなるまでは、内気な咲子もそれなりに生活に満足していた。現実は思いもよらない方向に自分を連れていく。それともこうなるのが運命だったのだろうか。


 ふと公衆電話のほうを見ると、いつのまにか同じ年くらいの少年が電話を使っている。


 ――珍しいな、スマホ持ってないのかな――咲子はブランコを軽く揺らしながら深刻そうに話し込んでいる少年を見るともなく見ていた。

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