第2話
咲子は中学のテニス部に入っていたけれど、父がいなくなって部活はやめた。部活の仲間は事情を知っていたから咲子が部活をやめるのを惜しんだけれど、思春期の咲子には心の内をさらけ出せるような親友はいなかった。
「部活やめてもまた一緒にあんまん食べようね」
「なにか困ったことがあったら言ってね」
「ありがと。今のところ大丈夫」
咲子はそう答えて軽く微笑み目を伏せた。
心から心配してくれている言葉だとわかるけれど、もう彼女たちと一緒にあんまんを食べることもないし、困っても相談することはないということもまた心のどこかでわかっていた。
◇
母は気丈に振舞っていたけれど、以前の母とは変わってしまった。言葉がきつくなり、余裕を失っていた。もともとあまり器用なほうではないのだ。
「中学生はアルバイト禁止だから内職を探してきたよ。ノルマ制だから。これが学費」
そう言って母はシール貼りの説明書と道具が入った段ボールを居間に置いた。
咲子は黙って内職の道具に手を伸ばした。母が精一杯やってくれていること、それでもこれ以上どうにもならないことは若い咲子にも理解できたし、どちらにしろこの内職をしなければ高校には行けないのだ。そして咲子は高校には行っておきたかった。
◇
勉強と家事と内職の毎日は不思議とそんなには辛くなかった。ただ、心を許せる人が一人もいないことを除いては。
なかでもシール貼りは単調な作業で、帰って洗濯と宿題をすませた後、無心になってシールを貼っているとあっという間に時間がたった。時折部活の仲間のことを考える。彼女たちは変わらず部活の帰りにあのイートインスペースであんまんを食べておしゃべりしているんだろう。咲子はどちらかというと人の話を聞くほうだったけど、まったく話さないわけではなかった。
あれから母も咲子も神社に参ることをぱったりやめてしまった。あんなに生活の中に溶け込んでいた神様が、今は父の遺体すら返してくれない無関心な何かに成り代わってしまった。
「神様ってほんとうにいるのかな」
咲子はそうつぶやいて昨日干した潮の匂いがするふわふわのタオルに顔をしばらくうずめたあと、それを丁寧にたたんだ。
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