第3話 再生数ゼロの勇者なんていらない

リュシアが仲間になって三日。

俺の配信チャンネル「ジンの異世界冒険記」には、新しい風が吹いていた。


白い神官服に包まれた彼女が画面に映るだけで、視聴者数が二倍。

コメント欄は常に動きっぱなし。

「かわいい」「癒される」「もっとカメラ寄って」――いやいや、それ俺のチャンネルだからな。


「おはようございます、リスナーの皆さん。今日もいい天気ですね」

リュシアの柔らかい笑顔と同時にコメントが爆発する。

【コメント】「あぁ、朝から尊い!」

【コメント】「天使降臨」

【コメント】「勇者いらなくね?」


「待て待て、最後のコメント誰だ!」


と笑い飛ばすしかない。

けど、実際のところ、彼女が来てから視聴数の伸びがエグい。

俺一人のときは10人前後だったのが、今や常時300人以上だ。

バズったとまでは言えないけど、スタートラインには立った感じ。


そんな矢先に――問題は起きる。いつもそうだ。


*****


その日、俺たちは村近くの草原で配信しながら魔物狩りをしていた。

BGM代わりに鳥の鳴き声。

雑草まじりの丘を越えると、紫色のモヤが揺らめく魔物の巣らしき地点が見える。


「魔物反応、二十メートル前方。リュシア、やれるか?」


「ええ。私が回復を支えますので、ジンは前へ」


俺たちの掛け合いも、最近はもうお決まりだ。

コメント欄のノリも良く、軽い配信ムードだった――その“時までは”。


突如、配信ウィンドウの下部に警告文字が走る。


【配信ネットワーク不安定】

【現在の視聴者数:1人】


「……え?」


回線落ち? いや、魔力Wi-Fiの安定値は高い。

にもかかわらず、コメントの流れがぴたりと止まった。


「ジン、どうしたの?」


「な、なんか視聴者数が……ゼロになりそうなんだが……」


【視聴者数:0】


画面右上の数字が無慈悲にゼロを示す。

その瞬間、俺の体がまるで糸の切れた人形のように重くなった。

スキルの反応が、まったく無い。


「っぐ……動けねえ!? 配信が切れるとバフが消えるのかよ!」


目の前でモンスターたちが蠢き出す。

牙を剥き、まっすぐリュシアに向かって走ってくる。


「ジン!?」


「リュシア、下がれっ!」


俺は体を必死に動かそうとする。けどダメだ。

配信が切れた“無音の世界”では、俺の力は封じられたも同然。

今まで当然のように得ていた視聴者の“声援”が、まるで酸素のように失われていく。


「このままじゃ……!」


焦燥感と共に、無線魔石からカチッという音がする。

再接続が一瞬成功したのか、画面が明滅した。


【コメント】「ジン!? 止まってるぞ!?」

【視聴者:2人】


その刹那、腕がわずかに動く。

視聴者が“見ている”という事実が、俺を現実に引き戻す。

一閃。

モンスターが煙を残して爆散した。


「リュシア、大丈夫か!」


「ええ、でも……このまま戦うのは危険です」


配信再開を試みるが、一瞬でまた切断。

光のウィンドウが淡く消え、再生数ゼロが現実に突きつけられる。


その後、なんとか魔物を倒して帰還したものの――問題はそこからだった。


*****


ギルドに戻った俺たちは、受付嬢に呼び止められた。

ツインテールの少女、名前はクラリス。いつもは柔らかい笑顔を浮かべる彼女だが、その日は違った。


「ジンさん、少しお話よろしいでしょうか」


「え、な、なにか……?」


「本日、ギルドの評議会にて“勇者配信者制度”の見直しが提案されました。理由は――」


彼女は小さく息を吸って言った。


「あなたの配信、不安定すぎます。再生数ゼロ時の戦闘不能状態は致命的だと判断されています」


「……はぁ!? それ、俺のスキル仕様だろ!」


「ええ、ですから、問題なのです。戦闘に支障が出るスキルを公に“勇者認定”はできません。つきましては――」


机上に一枚の紙が置かれる。


【勇者資格停止通知書】


沈黙。


その文字を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

リュシアが何か言いたそうに口を開くが、言葉にならなかった。


「……つまり、俺はもう勇者じゃないってこと?」


「はい。ただし、民間冒険者としての活動は許可されます」


「民間……?」


「要するに、“ただの個人配信冒険者”ですね」


ぐうの音も出ない。

異世界召喚されて、勇者として生きるはずだった俺が、たった数週間で“無所属”扱いになった。


「これじゃ、もう誰も見てくれねえな……」


そう呟いた瞬間、リュシアが俺の腕を掴んだ。

その手は小さいけど、熱かった。


「そんなことありません。私は、あなたの配信が好きです。誰も見ていなくても、私は見てます」


「……リュシア」


「だから、もう一度、ゼロから始めましょう。視聴者がいようがいまいが、あなたは“見られる勇者”です」


言葉に嘘は感じなかった。

でも、問題は現実だ。

勇者資格を失えば、配信の優先枠も、魔力チャンネルのアクセスも全部閉じる。

つまり、配信そのものができなくなる。


……が、俺の水晶端末は、わずかに光っていた。

メインチャンネルが閉鎖された代わりに、新しい枠が開かれている。


【サブチャンネル開設のお知らせ】

【名称:ジンと聖女の裏配信】

【配信方式:非公式、視聴範囲制限付き】


「……なんだこれ?」


「女神ネットワークが、まだあなたを見捨てていないのかもしれませんね」


リュシアが微笑んだその瞬間、俺の中で何かが点った。

バカにされてもいい。無視されても構わない。

ゼロからやり直せばいい。再生数なんて、また増やせばいい。


「分かった。非公式でも構わねえ。こっから本当の俺の配信、始めようぜ」


【サブチャンネル起動します】

光が弾ける。

新しい画面には、手書きのようなフォントでタイトルが表示された。


「『ジンと聖女の裏冒険』だと……。名前ゆるすぎじゃね?」


【コメント】「なんかエモい」

【コメント】「裏チャンネルきた!」


……え。コメ、流れてる!?

視聴者数カウンターを見て、心臓が跳ねた。


【視聴者:3人】


「戻ってきた……!」


リュシアが微笑む。

風が吹き抜け、夕陽に照らされた草原が赤く染まる。

神のルールにNOを叩きつけながら、俺は再びマイクに向かって叫んだ。


「――配信、再開します!」


【コメント】「待ってたぜ、勇者!」

【コメント】「ゼロから伝説になれ!」

【コメント】「リュシア推しだけど頑張れ」


そんなコメント群に、俺は笑いながら言った。


「ええい、主役交代なんてさせるか! 見てろよ、俺のゼロ再生配信――ここから世界一を取ってやる!」


異世界の風の中で、俺たちの新しい物語がまた始まった。

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異世界ストリーマー勇者~最強すぎて冒険も日常も全部生配信したら全世界が俺の信者になった件~ @tamacco

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