第2話 チュートリアル村で炎上した件
異世界二週間目。
俺――篠崎迅の配信チャンネル「ジンの異世界冒険記」は、登録者数百五十人を突破した。
……まあ、正直、ほとんどが冷やかしと噂好きの視聴者だ。
でも、それでもいい。コメントが流れれば、力になる。
“配信の神”がそう設計したなら、俺はそれを最大限利用してやるだけだ。
「さて、今日の配信タイトルは……『リスナーと挑む!村外れの洞窟』っと」
配信ウィンドウを軽く操作して、魔力水晶に映像を送信する。
スキル発動後、透明なカメラウィンドウが俺の後方に浮かび上がる。
こっちの世界じゃ珍しいが、もうすっかり慣れた。
ギルドカードを見せて、村の外へと歩く。
チュートリアル村――正式名称、ルーディナ村。
異世界召喚者たちが最初に訪れる“安全地帯”であり、同時に落ちこぼれが溜まる場所でもある。
「おーい勇者さまー、今日も独りで配信かー?」
鍛冶屋の親方が笑いながら声をかけてくる。
もう慣れた。こっちじゃすっかり有名人……いや、“名物ネタ要員”かもしれん。
「今日こそバズらせて、勇者ランキング入りしますから!」
「はは、頑張んな!」
手を振りながら、村を後にした。
*****
洞窟入口――人の背丈ほどの岩のアーチ。
そこから冷たい風が流れ出てくる。
モンスターの巣窟――らしいが、初級者向けだと聞いていた。
「よし、今日もコメントよろしくな!」
【コメント】「昨日のスライム回面白かった」
【コメント】「今日も頼む勇者さん!」
【コメント】「あれ、女の子は出ないの?」
「……出だしから安心と期待のブレンドだな。ありがと、リスナー!」
探索開始。
狭い通路を進むと、壁の苔が薄く光っている。
魔力を含んだ発光体らしく、代わりに松明代わりになる。
これ、ある意味映えるな。サムネに使える。
「というわけで、この洞窟は“光苔の洞”と呼ばれてるみたいです。俺のような序盤勇者にはちょうどいい難易度――」
ドゴォン、と奥から爆音。
空気が震えた。
「お、おっと? いきなりフラグイベントか?」
カメラを前方に向ける。
煙の中から、黒い影がぬっと現れた。
【コメント】「出た出た!」
【コメント】「あれオークじゃ?」
【コメント】「男の裸とかいらん」
「リスナー冷静だなおい!」
現れたのは、人型の魔物――オーク。
巨体に棍棒を構え、こっちを睨んでいる。
体表から漂う瘴気の匂い。明らかにチュートリアル卒業レベル。
「くっ……こいつ、ヤバすぎないか?」
【コメント】「逃げるのか?w」
【コメント】「勇者、ここで逃げたらもう終わり」
【コメント】「頑張って!!」
熱い“応援”コメントが流れる。
体が再び軽くなる。胸の奥が熱く燃え上がる。
これが俺の“ブースト”(応援バフ)だ!
「よし、行くぞ!」
しかし、次の瞬間、棍棒が視界を横切り、俺は宙を舞った。
「うわっ……!?」
地面に叩きつけられ、HPバーが一瞬で半分以下。
やばい。バフが切れた。
コメントが止まる。誰も書き込まない。
「ま、待って……コメント、途切れたらマジで動けない……!」
【コメント】「が、頑張れ……!」
一言。その一言が光る。
右腕が震える。力が再び溢れ出す。
「っしゃあっ!」
再び立ち上がり、拾った短剣を構える。
スローモーションの世界。
再生回数なんて関係ない。ただ、今、目の前のコメントだけが現実だ。
「くらえぇぇぇぇ!」
渾身の突き。
オークの胸に突き刺さった短剣は、光りながら爆発した。
魔力が弾け、敵が崩れ落ちる。
【敵を討伐しました】の表示と同時に、視聴者数が跳ね上がる。
【視聴者:251人】
【コメント】「やべぇええ!」
【コメント】「マジ勇者!」
【コメント】「登録しました!!」
“あの瞬間”を、みんなが共有している。
これが俺の戦い方だ。
コメントが途切れない限り、俺は止まらない。
「これぞ、“実況型勇者”の真骨頂だな!」
そう叫んだ瞬間、ウィンドウに異変。
警告が点滅する。
【著作使用規約違反:他プレイヤー侵害検知】
【ペナルティ:配信停止30分】
「……は?」
突然画面が真っ暗になった。
音声もカット。カメラ機能も全滅。
目の前に、オークの討伐跡だけが残る。
「いや待って、これ配信BANされたってこと!?」
そう。異世界の“配信システム”は、単なるスキルじゃない。
神のネットワークによって管理された“法律”がある。
映してはいけないモンスター、侵してはいけない著作。
システムで勝手に判断される世界だ。
「マジかよ、初のバズが……黒歴史回っ……!」
「おい、あれ勇者の兄ちゃんじゃねぇか!」
洞窟の外で、村の冒険者数人が俺を指さしていた。
どうやら、現実でも配信が途切れ、映像だけがフリーズしていたらしい。
「倒したのはスゴいけどよ……途中で“オークの最期映像”が流れっぱなしで、皆パニックだったぞ」
「え、それ俺のせい!?」
「つかあんな配信、村の魔導板ニュースでも話題だぞ。『暴力的勇者配信者』って」
「炎上してる……!?異世界でも炎上文化あるのかよ!」
村の広場に戻ると、すでに人だかりができていた。
俺の視線の先――中央には、光文字で書かれた“炎上スレ”。
【スレタイ】異世界勇者、オークをボコってBANされるwww
コメントが流れ続ける。
【コメント】「ドン引き」
【コメント】「勇者ェ……」
【コメント】「でも戦い方カッコよかった」
「……うわー、褒めてるのか馬鹿にしてるのか分からん」
そのとき、背後から優しい声が聞こえた。
「でも、あなた本気で戦ってたわ。その気持ちは本物よ」
振り向くと、白と金の神官服に身を包んだ女性が立っていた。
淡い桜色の髪と真っ直ぐな瞳。――美人。というかヒロイン感バリバリ。
「私はリュシア。この村の神殿で癒しの奇跡を司ってるの」
「りゅ、リュシアさん……! あの、今の配信、その……」
「見てたわ。あなたの戦い。その“見られる力”……興味があるの」
「興味って、え、いい意味?」
「ふふ。もしかすると、私にも“見せる”才能があるかもしれないわ」
……え、それってまさか。
どう考えても、初の“女性コラボフラグ”発生。
「というわけで、次は一緒に試してみましょう。もしよければ、あなたの“配信”に参加してもいいかしら?」
「な、なんだって……!?」
急展開。
BAN、炎上、からのヒロイン加入。
流れが激しすぎて脳がついていかない。
でも、確かに思った。
この世界じゃ、俺一人だけじゃ足りない。
“見せる側”が複数いれば、もっとバズる。
「もちろん! 一緒にやりましょう、“聖女リュシア”さん!」
「うん、勇者ジン。これからよろしくね」
照れたように微笑むリュシア。
その瞬間、俺の配信ウィンドウが強制的に復旧した。
通知が鳴る。
【女神ネットワークからのお知らせ】
【新たなサポート権限を獲得:ゲストコラボ機能ON】
「おおっ……配信再開! コメントも戻った!」
【コメント】「ヒロインきたぞおおお!」
【コメント】「聖女かわいい!」
【コメント】「炎上からの神展開」
俺は笑った。
炎上だろうがBANだろうが、視聴者がいる限り負けない。
配信は止められても、俺の物語は終わらない。
――こうして、配信勇者ジンの“異世界バズり伝説”は、再び動き始めた。
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