第28話 合同訓練

森の奥、焚き火の炎が静かに揺れる中、境界の住人たちは集まっていた。

 今日は、北方連邦との合同訓練の日だ。初めて外部勢力と防衛行動を実践する重要な日であり、緊張が張り詰めていた。


 リオンが先頭に立ち、北方連邦の小隊が整列する。

 境界の兵士たちは少し戸惑いながらも、森の中に陣形を組む。


「今日は、戦闘ではなく、警戒と連携の確認です」

 リオンの声は落ち着いていた。「互いの動き、合図、連絡手段を確かめます」


 私は住人たちに向かって言う。


「恐怖ではなく、信頼をもって動くこと。互いの目と声を信じろ」


 若い兵士たちは頷き、武器を握る手に力を込める。

 森の静寂は、緊張の波で満たされていた。


 最初の訓練は、哨戒ルートの確認だ。

 境界の見張りと北方連邦の小隊がペアを組み、森の中を巡回する。

 動きの速さ、距離感、隠れる位置――すべてが確認される。


「左手の木の陰をもっと意識しろ」

 リオンが低く指示する。

 境界の若い兵士は微笑みながら応じ、次第に動きが自然になっていく。


 次は通信訓練。

 小隊間での合図や手旗、声による伝達を確認する。

 森の奥では、距離や風向きで声が届きにくくなるため、注意が必要だ。


 セラが私の隣で観察している。


「思ったより順調ね」

 彼女の目には、わずかな安堵が浮かぶ。「互いに信頼を築くのは、こういう積み重ねから」


 私は頷く。


「そうだ。戦闘だけでなく、信頼の構築も防衛の一部だ」


 夜が深くなると、最後の訓練として模擬侵入演習が始まる。

 北方連邦の小隊が“侵入者”役となり、境界側は警戒と防衛の動きを確認する。


 小隊が森の奥から静かに近づく。

 住人たちは息を潜め、影に紛れながら動く。


「静かに……影を読むんだ」

 私の声が小さく森に響く。


 小隊が近づくたびに、住人たちは視線を合わせ、合図で動く。

 焚き火の光と影が交錯し、まるで森全体が戦場になったかのようだ。


 訓練が終わる頃には、住人たちの動きは統率され、連携も格段に向上していた。

 北方連邦のリオンも満足そうに頷く。


「境界の兵たちは、想像以上に適応力が高い」

 リオンが言う。「今後、情報と警戒の連携が円滑に行えそうだ」


 私は森を見渡す。


「王国がどんな策略を仕掛けても、これで少なくとも揺さぶりに耐えられる」

 小さく息をつき、焚き火の炎を見つめる。


 住人たちは疲れを見せながらも、誇らしげな表情だ。

 合同訓練は、単なる防衛行動の確認ではなく、境界の結束を再確認する場にもなった。


 夜の最後、私は住人たちに告げる。


「今日学んだことは、戦闘技術だけではない。互いを信じ、協力する力だ」

 深く息を吸う。「それが、これから王国の策略に対抗する最強の防御となる」


 焚き火の炎は、夜風に揺られながらも消えない。

 森の影は深いが、境界の灯は力強く輝いていた。


 その夜、住人たちは森の中で眠りにつく。

 警戒の輪はあるものの、互いを信じる安心が広がっていた。


 初めての合同訓練は、境界にとって重要な節目となった。

 王国の圧力に対抗する力を、実戦形式で確認した日。

 そして、北方連邦との信頼を形にした日。


 森の風が焚き火の煙を運ぶ。

 その煙は、境界が外の世界と手を取り合い、揺るがぬ存在になろうとしていることを象徴していた。

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