第27話 王国の圧力
霧が薄れ、森の中に朝の光が差し込む頃、異変が起きた。
境界の見張りが、森の奥で不自然な足音を聞いたのだ。
「……敵か?」
若い兵士が息を詰め、視線を左右に動かす。
しかし、その動きは規律正しく、戦闘経験者のものだった。
間もなく、森の端から王国の小隊が現れた。
旗はなく、軍装は軽装。だが、目つきには緊張と警戒が同居している。
戦闘を避けながら、情報収集と圧力を目的とする明らかな侵入者だ。
私は焚き火のそばで、住人たちを集める。
「王国の兵士が境界に入り込んできた」
声を張る。「だが、戦闘を挑む意図ではない。警告と監視だ」
ざわめきが起きる。
住人たちの顔には、不安と怒りが入り混じる。
「攻撃するべきでは?」
若い兵士が拳を握る。
「待て」
私は手を上げる。「彼らの目的は戦闘ではない。私たちの結束を崩すこと、恐怖を植え付けることだ」
セラも横でうなずく。
「小さな刃ね。見えないけれど、確実に効く」
王国は、境界を直接攻める代わりに、心理戦を仕掛けてきたのだ。
森の中に侵入させることで、住人たちの間に疑念と不安を撒き、結束を削ろうとしている。
私は森の奥へ向かい、兵士たちと距離を保ちながら対峙した。
「王国の者か?」
私は声を上げる。
小隊の指揮官がゆっくりと頭を下げる。
「はい。しかし、戦闘の意図はありません」
その声は落ち着いている。「境界が王国の影響下にないことを確認するためです」
「確認?」
私は眉をひそめる。「脅迫のための“確認”ではないのか?」
指揮官は答えない。ただ、目を伏せる。
その表情に、従順ではなく、任務の重さが滲んでいた。
森に戻り、集会を開く。
「彼らの目的は戦闘ではなく、監視と心理的圧力です」
私は丁寧に説明する。「噂や小さな事件と同じです。恐怖に屈してはならない」
住人たちは互いに目を合わせ、沈黙する。
だが、背後には疑念が生まれかけていた。
「王国は、境界を分断したいのです」
私は続ける。「誰かを信用できるか疑う気持ちを、意図的に作ろうとしている」
若い兵士が拳を握りしめる。
「それなら、どうすれば……」
「互いを信じろ」
私は声を張る。「裏切り者の噂、脅迫、恐怖……すべてを乗り越える力は、私たちの結束にしかない」
その夜、森の中で住人たちは見張りを増やした。
警戒は緩めないが、過剰な攻撃性は見せない。
王国の圧力に対して、心理的な防衛を固めるためだ。
焚き火の炎の前で、セラが小声で言う。
「王国は、直接戦わない戦術を取ってきた。巧妙ね」
彼女の瞳には、少しの怒りと決意が混じる。
「でも、私たちは揺るがない」
私は焚き火を見つめる。「疑念や恐怖に支配されることはない」
森を抜ける風が、焚き火の炎を揺らす。
影は確かに迫ったが、境界の灯は消えていない。
夜明け、森の外れで小隊は姿を消した。
戦闘は避けたが、警告の効果はあった。住人たちの中に、緊張の糸が残る。
私は焚き火を見つめ、静かに息をつく。
王国の圧力は、今後さらに巧妙になるだろう。
兵士の侵入、噂の拡散、内部工作――
次に何が起きても、境界は立ち向かわなければならない。
だが、私は確信していた。
小さな刃や心理戦に屈することはない。
境界は、外部の脅威に直面しながらも、初めて外の勢力と協力する力を手に入れた。
北方連邦との連携は、王国の圧力に対抗する大きな武器になる。
森の影は深い。
だが、境界の炎は揺るがずに燃えていた。
小さな刃はあったが、結束はそれ以上に強かった。
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