第26話 正式な連携協議

 森の奥、焚き火の周囲にテーブルが設けられた。

 北方連邦の使節団は、昨日の簡易な接触よりも整然としていた。旗は外に掲げられ、武器も規律正しく並ぶ。

 境界側の住人たちも、緊張しつつ着席する。


 私は中央に立ち、深く息を吸った。

 今日の場は、単なる顔合わせではない。

 境界の未来に直結する、初めての正式な外交協議だ。


「では始めます」

 私は声を張る。「ここに集まったのは、境界と北方連邦の間で、互いの利益と安全を確認するためです」


 リオンが前に出て、簡潔に述べる。


「北方連邦は、王国の脅威から自身の領土を守る必要があります。境界は、独立した存在として地域の安定に関わると考えています」

 言葉は穏やかだが、明確な意味を含む。

 北方連邦にとっても、境界は戦略的価値がある。


「つまり、軍事同盟ではないが、情報と警備の協力を考えている、ということですか?」

 私は確認する。


「その通り」

 リオンは頷く。「境界が独立を維持できる限り、我々は協力を惜しまない」


 住人たちは互いに目を合わせる。

 期待と不安が入り混じる。

 過去の裏切りや王国の工作を思い出す者もいる。


 私は手を上げ、集まった住人たちに呼びかける。


「重要なのは、協力の形を決めることです」

 言葉を一つ一つ丁寧に選ぶ。「境界の意思を尊重しながら、北方連邦との接触をどう行うか」


 その後、議論は具体的な内容に入る。


「まず情報交換」

 リオンが書類を差し出す。「王国の動向、領土情報、軍事の配置など、境界に有益な情報を提供します」


 私は住人たちに目を向ける。「これをどう利用するかは、私たち次第です」


 次に、警備協力。


「危険な動きがあれば、北方連邦の小隊を派遣し、境界に警告や援助を行います」

 リオンの言葉に、若い兵士たちの目が輝く。


「しかし、軍事行動は我々の判断なしでは行わない」

 私は念を押す。「境界は、独立を維持します」


 交渉は慎重に進む。

 互いに条件を提示し、疑念を確認し、確実に合意を積み重ねる。

 会話の端々に、信頼を築くための配慮が見える。


 会議は午後まで続いた。

 住人たちは、初めて外部と“対等に”話す経験を積む。

 それは、単なる外交ではなく、境界の意思を形にする場だった。


 終了後、リオンが私に声をかける。


「今回の協議で、互いの理解は深まったと思います」

 軽く頭を下げる。「境界の結束も、想像以上に強い」


 私は頷く。


「これからも慎重に進める」

 言葉を選ぶ。「王国の動きには警戒しつつ、北方連邦との関係を育てる」


 セラが横で微笑む。


「やっと、外の世界と手を結べる道ができたわね」


「でも、まだ始まったばかり」

 私は焚き火の炎を見つめる。「王国は、きっと反応してくる」


 その夜、森の中で住人たちは互いの目を見て、初めて安心した笑みを浮かべる者もいた。

 小さな疑念はまだあるが、それ以上に、協力という新しい選択肢が生まれた。


 外の世界との接触は、境界にとって大きな試練でもある。

 しかし、試練は力をもたらす。

 情報と支援を得ることで、境界は王国の策略に揺らぐことなく、独立を守る力を蓄えることができる。


 森の霧は深いが、焚き火の炎は揺らめきながらも強く輝いていた。

 その光は、境界が歩む新たな道の象徴であり、希望でもあった。


 北方連邦との正式な連携は、まだ小さな一歩に過ぎない。

 だが、境界にとっては、初めて世界に手を伸ばす瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る