第25話 森の中の影
霧が森を覆い、昼でも薄暗い。
見張りたちは普段より神経を尖らせ、互いの動きを注意深く観察していた。
「おかしい……」
若い兵士が、小声でつぶやく。「見張りの間に誰か混じった気がする」
私は焚き火のそばで、その声を聞き、眉をひそめた。
小さな違和感は、往々にして大きな問題の前触れだ。
数日前から、食料の量や道具の配置に微妙な乱れが出ていた。
誰も明確には見ていない。だが、誰かが計画的に触れた形跡はあった。
私はセラと共に森の中を歩き、慎重に確認を進める。
「……これは?」
足元に、小さな切り株の周囲に不自然な足跡。
人間のものだが、境界の住人のものとは違う。
軽く、しかし確実に計算された足取り。
セラは顔を上げ、私に言った。
「王国の影よ」
私の胸がざわつく。
王国が動いている。
直接ではなく、森の中に小さな刃を忍ばせた。
夕方、集会を開いた。
「境界に、外部の影が入った可能性がある」
私は静かに告げる。「小さな事件が起きる前に、知らせる」
集会に集まった住人たちの顔が緊張に染まる。
「誰か裏切ったのか?」
若い兵士が声を荒げる。
「違う」
私は手を上げる。「今回は内部ではなく、外部の者だ。噂や疑念に惑わされるな」
だが、その言葉だけでは不安は消えない。
住人たちは互いを疑い、目線を交わす。
夜、森の中で見張りをしていると、一人の影が走る。
慌てて追いかける兵士の声が、霧の中で反響する。
「待て!」
その声に応じるように、影は木々の間に消えた。
後に残ったのは、折れた枝と足跡だけ。
彼が誰で、何をしたのか、完全には分からない。
私は集会場に戻り、住人たちに告げた。
「王国の工作員かもしれない。だが、まだ捕まえられない」
ゆっくりと歩きながら、声を重ねる。「この事件で、境界の結束が試される」
セラが隣で、静かにうなずく。
「彼らは、恐怖を使う。疑念を植え付け、分裂させる」
しかし、私たちは違う。「互いの目を信じ、言葉を信じること」
翌朝、住人たちは森を巡回し、互いに声を掛け合う。
疑念ではなく、連携。
不安ではなく、確認。
小さな事件は、境界の結束を逆に強めることになった。
王国の策略は、形を変え、しかし完全には成功していない。
私は焚き火を見つめ、深く息をつく。
「次は、もっと巧妙に来るだろう」
ぽつりと呟く。
セラが肩に手を置く。
「でも、境界はもう、簡単には揺れない」
小さな笑みが、彼女の顔に浮かぶ。「信頼を作ったから」
森の影は深く、風は冷たい。
だが、境界の灯は消えていない。
小さな刃は、結束の炎を断つことはできなかった。
私は星空を見上げる。
王国の策略は続く。
だが、私たちは学んだ。
揺さぶられても、互いを信じること。
それが、境界の力だ。
森を抜ける風に、住人たちの声が混じる。
「裏切り者は、もう恐れない」
「互いを信じる」
影は去らずとも、境界は動じない。
森の中で、焚き火の炎は一層強く揺れた。
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