第24話 新たな存在
夜明け前の霧が、境界の森を覆っていた。
焚き火の炎は小さく揺れ、視界は限られる。だが、森を抜ける風が、遠くの気配を運んできた。
「誰か来るわね」
セラが低く呟く。瞳に警戒の色が浮かぶ。
私も焚き火の傍を離れ、影の中に身を潜める。
森の中で足音は慎重に響いたが、決して隠しきれない。
その気配は、王国のものではない。
やがて現れたのは、見慣れない旗を掲げた一団だった。
旗の色は灰青色。紋章は複雑で、王国のものとも境界のものとも異なる。
「……交易人?」
誰かが小声で言う。
しかし、彼らの装備は単なる商人のそれではなかった。
軽装の鎧、短剣、そして明らかに戦闘訓練を受けた者の佇まい。
一歩前に出た私に、彼らの代表らしい男がゆっくりと頭を下げる。
「私はリオン。北方連邦より参りました」
丁寧だが、力強い声。
その一言で、森の空気が一変する。
セラが横に立ち、低くささやく。
「北方連邦……接触は、危険よ」
「でも必要ね」
私は頷く。「王国に頼らない選択肢を作るために」
リオンは続ける。
「我々は、王国との衝突を避けつつ、周辺の独立集団と連携を考えています」
視線は私の目を捉える。「境界の存在は、北方にとっても重要です」
一瞬、沈黙が訪れる。
住人たちはざわめき、視線を私に向ける。
私は静かに手を上げる。
「交渉ではなく、まず信頼関係を築く」
はっきりと言った。「そのために、今日ここに集まってもらった」
森の空気は、緊張から期待に変わる。
小さな火花が、大きな炎に変わる予感。
リオンは頷き、森の端に荷物を下ろす。
「物資の交換だけではありません。我々は情報も提供できます」
地図、周辺領土の情勢、王国の動き……
すべてが、境界にとって価値のあるものだった。
しかし、条件は一つ。
「境界の独立を尊重すること」
静かに、だが力強く言う。「誰かが、あなた方を支配することはありません」
私はその言葉を胸に刻む。
初めて、外部の勢力が境界の意思を尊重して動いてくれる。
小さな集会が、森の中で始まった。
焚き火を囲み、互いの立場を確認し、互いに質問する。
「王国に知られたら、どうなるのか?」
若い兵士が尋ねる。
「知ることになるでしょう」
リオンは即答する。「だからこそ、慎重に進める」
「武力は?」
別の者が問う。
「我々は攻め込むつもりはありません」
リオンの瞳は揺らがない。「あくまで同盟と情報交換です」
住人たちは、少しずつ安心を取り戻す。
恐怖ではなく、希望の芽が芽吹き始める瞬間だった。
その夜、焚き火を囲んで、私は全員に言った。
「境界の未来は、王国だけに左右されない」
短く、はっきりと。
これまでの揺れ、裏切り、不安、すべてを経て、ようやくここまで来た。
「北方連邦との関係は、まだ始まりに過ぎない」
しかし、この小さな外交的接触が、境界にとって大きな力になる。
森の中、焚き火の炎が揺れる。
その光の下で、住人たちの顔が柔らかく、決意に満ちて見える。
私は心の中で、小さく呟いた。
――これで、少しは揺さぶりに耐えられる。
王国の刃も、噂も、策略も、少なくとも完全には通じない。
森を抜ける風が、静かに火を揺らす。
だが、その揺らぎの中にも、確かな希望があった。
境界は、外の世界と手を結ぶ。
それは戦ではない。
だが、世界にとって、無視できない力の始まりだった。
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