第23話 王国の危険視

王都の夜は、いつもより重かった。

 街灯の光が整然と並ぶ大通りも、閉ざされた城門も、静寂の中で鋭く光を反射している。

 王城の奥、緊張に包まれた書斎で、王は報告書を読み続けていた。


 ルドヴィクが静かに報告する。


「境界は、独立を宣言し、敵対は否定しています。交渉に応じる意思はありません」


 王は、紙を置き、目を細める。

 穏やかに聞こえるその言葉の裏にある、本当の意味を知っている。


「……厄介だ」

 低く呟く。


 王国は、境界を“管理できる存在”と考えていた。

 だが現実は、力を持った独立集団として、存在そのものが脅威になっている。


「では、策略を進める」

 王はゆっくりと立ち上がる。「使者だけでは不十分だ。境界を内部から揺さぶる」


 参謀が質問する。


「具体的には?」


「噂の拡散、物資の制限、潜入工作」

 王は視線を上げる。「境界の内部に疑心を植え付け、結束を崩す。だが、表向きは交渉を装う」


 ルドヴィクの表情が硬くなる。


「境界内部に潜り込む工作員を……?」


「成功すれば、軍を動かさずとも弱体化できる」

 軍務大臣が冷たく言った。「剣を振るうより、安上がりで確実だ」


 王は黙って聞く者たちを見回す。


「境界は、象徴が強い」

 静かに続ける。「その象徴を揺さぶれば、組織は脆くなる。小さな裏切りでも、全体に波及する」


 ルドヴィクは沈黙したまま、理解していた。

 王国が狙うのは、力ではなく心理だ。


 一方、境界では――。


 焚き火の周囲で、住人たちが夜の警戒をしていた。

 顔には疲労がにじむが、決意も混じっている。


「……また噂が広まってる」

 セラが低く言う。「王国が、内部を揺さぶろうとしてる」


「見えない刃だ」

 私は焚き火を見つめ、拳を握る。「気づいた者はまだ少ない。でも、確かに来ている」


 小さな不安が、口火を切った。


「王国が俺たちを監視してる、って聞いたぞ」

 若い兵士が話す。「誰が裏切るか、分からない」


 それに応じて、他の者も口を開く。

 不安、疑念、恐怖。

 小さな声が、次第に集まり、ざわめきとなる。


「……止める」

 私は立ち上がる。視線は全員を捕らえた。「噂で動くな。噂は、王国の武器だ」


 静まり返る。


「信じるのは、私だけじゃない。互いの言葉を信じろ」

 ゆっくりと歩きながら、声を重ねる。「境界は、一人の象徴で成り立つ場所じゃない。残った全員の意思で、未来を作る」


 その夜、見張りと話し合った者たちは、少しずつ安心を取り戻した。

 だが、静かな緊張は消えなかった。


 王都では、次の手が動き始めていた。


 境界の近くに潜入した工作員が、情報を収集する。

 それは、噂以上の影響を生むだろう。


 王は、ルドヴィクに指示を出す。


「この事態は、早急に報告書にまとめよ」

「境界の弱点、内部の対立、潜在的な協力者――すべて」


「了解しました」

 ルドヴィクはうなずくが、心中では複雑な思いが渦巻いていた。


 王国の“平和的接触”は、実際には境界を狙う策略の序章に過ぎなかった。

 だが、誰もそれを表には出さない。

 外に見えるのは、交渉の言葉と、慎重な歩みだけ。


 境界では、焚き火の炎が夜風に揺れる。

 見張りが互いに目を合わせ、互いを信じる。

 それが、最初の防衛線だ。


 私たちは、まだ一つにまとまっている。

 だが、王国が本気を出した瞬間、揺らぐ可能性は否定できない。


 それでも、私は決めていた。


 ――境界を守る。

 象徴の私だけでなく、全員の意思で守る。


 小さな裏切りも、噂も、策略も、すべてを受け止める。

 そして、揺るがない場所にする。


 夜は深く、森は静かだった。

 だが、その静けさの下で、王国の刃は確実に伸びてきている。


 境界は、試される。

 初めて、本当の意味で。

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