第22話 境界の選択

焚き火は、いつもより多く焚かれていた。

 境界に集まる全員が、中央広場を囲んでいる。子供も、老人も、武器を置いた兵も、鍬を持つ者も。

 ここにいるのは、数ではない。意志だ。


 私は円の中心に立ち、深く息を吸った。

 今日の言葉は、噂にも、囁きにもできない。

 境界の未来を、はっきりと形にする言葉だ。


「王国は、交渉を持ちかけてきた」

 まず、事実から語る。「同時に、噂と分断も送り込んできた」


 ざわめきが起きる。

 だが、もう隠す段階ではない。


「裏切りも出た」

 言葉を濁さない。「それでも、境界は続いている」


 人々の表情が変わる。

 怒りよりも、理解に近いもの。


「だから、今日は決める」

 声を張る。「境界は、何者になるのかを」


 沈黙。

 森の音すら、遠く感じる。


「まず、はっきりさせる」

 私は続ける。「境界は、王国の支配下に入らない」


 驚きはない。

 だが、覚悟を伴った息遣いが広がる。


「同時に」

 指を一本立てる。「王国と戦争を望まない」


 どよめきが走る。

 相反するように聞こえる言葉だからだ。


「独立する。でも、敵対しない」

 一語一語、噛みしめる。「これが、境界の立場」


 私は皆を見渡す。


「私たちは、国じゃない。軍でもない」

 少し微笑む。「でも、居場所だ」


 剣を持つ者も、持たない者も、同じ重さでここに立っている。


「境界は、追放された者、逃げてきた者、居場所を失った者の集まり」

 続ける。「だからこそ、誰かに支配されない」


 静かに、だが確かな空気が生まれる。


「王国とは、交渉する」

 宣言する。「ただし、条件は私たちが決める」


 誰かが、力強く頷いた。


「そして」

 私は最後の言葉を選ぶ。「境界は、内部の違いを理由に、人を切り捨てない」


 裏切り者の話を、皆が思い出す。


「弱さも、迷いも、ここにある」

 はっきりと言う。「それを理由に、誰かを追い出す場所にはしない」


 長い沈黙。

 そして、誰かが拍手をした。


 一人、また一人。

 音は広がり、やがて焚き火の音と重なる。


 決議は、紙に書かれなかった。

 だが、全員の中に刻まれた。


 その夜、境界の空気は変わった。

 不安が消えたわけではない。

 だが、進む方向が見えた。


 セラが、私の隣に立つ。


「重い宣言だったわね」


「ええ」

 私は息を吐く。「でも、必要だった」


「もう、戻れない」


「最初から、戻る気はなかった」


 二人で、小さく笑う。


 その頃、王都では――。


 使者ルドヴィクが、報告書を読み上げていた。


「境界は、独立を宣言しました」

「ただし、敵対は否定しています」


 王は、静かに指を組む。


「中途半端だな」


「いえ」

 ルドヴィクは首を振る。「極めて、現実的です」


 王は、しばらく考え込んだ。


「……ならば、次の段階だ」

 静かに言う。「境界を“危険な前例”にする」


 その言葉の意味を、全員が理解した。


 境界は、もうただの集落ではない。

 世界にとって、扱いづらい存在になった。


 私は、焚き火の残り火を見つめる。


 選んだ道は、簡単ではない。

 だが、自分たちで選んだ。


 境界は、境界のまま進む。

 国にも、属国にもならず。

 それでも、確かに世界の一部として。

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