第13話 王国の前哨戦

朝の森は、異様なほど静かだった。

 鳥のさえずりも、葉を揺らす風も、どこか控えめで、何かを予感させるような空気に包まれていた。境界の住人たちは、いつも通りの朝を迎えようとしていたが、私の胸には張りつめた緊張が走っていた。


 「……報告だ」

 セラが低く声をかけ、焚き火の傍に集まった私たちに小さな巻物を差し出した。

 それは、境界周辺に王国の偵察隊が接近しているという警告だった。


 私たちは瞬時に理解した。王国が、彼女たちの存在を正式に危険視し、行動を開始したのだ。


 「数は?」

 私は巻物を広げながら問う。


 セラが眉をひそめる。「十数人。だが装備は整っている。小規模な偵察隊だが、侮れない」


 住人たちの表情が引き締まる。これまでは森や境界の自然な障壁が守ってくれていた。しかし、今回は違う。王国の手が直接迫ってきている。


 「私たちの目的は、防衛だけじゃない」

 私は巻物を握り締め、周囲を見回す。「偵察隊の目的を探り、無駄な衝突は避ける。だが、必要なら排除もする」


 訓練された住人たちは、私の言葉に頷き、すぐに配置についた。

 森の茂み、岩陰、木の根元――自然の地形を利用して、偵察隊の動きを監視し、情報を集める。


 数時間後、王国の偵察隊の姿が視界に入った。

 鎧を着た兵士たちは森を慎重に進む。警戒心は高く、しかし動きはぎこちない。ここが未知の地であることを示していた。


 「見えるか?」

 セラが小声で確認する。


 私は頷き、微かに息をひそめる。「動きに注意。こちらから先に攻撃はしない」


 偵察隊は、境界の奥深くに向かって進んでくる。目的は明らかに情報収集だ。

 だが、私たちはただ待っているだけではない。森を利用した防衛、住人たちの連携、そして私の判断力――すべてが試される瞬間だ。


 森の隠れた小道から、エドガルと数名の住人が偵察隊に接近する。武器は構えているが、攻撃はせず、位置を確認しつつ、報告を戻す。

 偵察隊は慎重に動いているが、森の不意な音に反応し、警戒を強める。

 小さな心理戦が、静かな森の中で繰り広げられていた。


 「彼らは、単なる偵察だけじゃない」

 セラが小さくつぶやく。「戦力を確認して、境界の中心まで侵入するつもりかもしれない」


 私は深呼吸をして、冷静に指示を出す。「エドガル、森の東側に罠を設置。攻撃はせず、圧力だけをかける。敵が慎重になるように誘導する」

 他の住人たちは、私の指示通りに静かに動く。力を見せつけるのではなく、森の自然と心理を利用して敵を制御するのだ。


 数時間の観察と小さな駆け引きの後、偵察隊は森の奥深くで立ち止まり、動きを慎重にするようになる。私たちの罠や位置を読み取ったのか、森の不安定さに警戒しているのかは分からない。だが、明らかに進行が遅くなった。


 「成功だ」

 セラが小さく微笑む。「攻撃せずに圧力をかけ、目的を阻止できた」


 私は森を見渡し、深く息をついた。今回の衝突は避けられたが、王国の視線は確実に境界を捉えた。平和は一時的であり、これから本格的な衝突が起こることを、誰もが理解していた。


 夜、住人たちが焚き火を囲むと、初めて互いの存在を心から確認する時間が訪れた。

 恐怖ではなく、信頼と絆で結ばれたこの小さな集団が、王国の脅威に直面しながらも、静かに未来を描こうとしている。


 私は焚き火の炎を見つめ、心の中で覚悟を固めた。

 王国は動き始めた。境界で築いた信頼、ここで得た居場所――すべてを守るため、私は戦わなければならない。


 月明かりが森を照らし、焚き火の影が揺れる。

 平和な時間は終わりを告げ、王国との前哨戦が、ついに幕を開けようとしていた。

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