第12話 王国の視線
王都の朝は、静かに、しかし確実に緊張を孕んでいた。
宮殿の広間には、王国の高官たちが集まり、重々しい沈黙が支配している。数日前に上がった報告書が、今、この場の空気を張り詰めさせていた。
「……報告書によると、追放された令嬢が生存しているという確認があった」
大臣の一人が、薄く開いた書類を置きながら言った。
部屋中が一瞬、静まり返る。
「生存……?」
王は椅子にもたれ、眉をひそめる。「あの令嬢は、すでに討たれたと認識していたはずだが」
大臣は頷いた。「はい。しかし、報告によれば彼女は境界と呼ばれる場所で目撃されています。さらに、追放者たちの小規模な集落と接触している可能性があります」
王の視線が冷たく鋭くなる。「境界……?あの場所は、公式地図には存在しない土地だろう?」
「その通りです。しかし、森を抜けた報告者によれば、令嬢の行動は単なる逃亡ではなく、住民の信頼を得つつある様子です。小規模ながら組織として機能し始めているとのこと」
重苦しい空気が広間を包む。
王は椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。
王都の街は朝の光に包まれ、日常は変わらず流れている。しかし、報告が示すのは、この安寧を脅かす可能性のある存在の台頭だった。
「危険視すべきか……」
低くつぶやく王の声に、大臣たちが一斉に視線を向ける。
「おそらく、境界は王国の管理下にはありません。令嬢の生存が確認され、追放者や不満分子を集める力を持ち始めれば、脅威となり得ます」
別の大臣が慎重に言った。「力だけでなく、指導力と判断力も兼ね備えている。報告者によれば、住民は彼女に信頼を寄せており、単なる逃亡者とは思えません」
王は拳を軽く握る。
自分の指先で、王都の運命が微かに震えるのを感じるかのようだった。
外界から隔絶された小さな森の奥に、王国が過小評価していた力が生まれつつある。それを黙って見過ごすわけにはいかない。
「境界の存在を正式に確認し、監視を強化せよ」
王は静かに命じた。「生存者の動向を探り、令嬢の活動範囲を把握するのだ」
大臣たちは即座に頷き、詳細な情報収集と偵察の手配に取り掛かることを約束した。
この時点で、王国の行動は、偶然の発見ではなく、意図的な危機認識によるものとなった。
王は一人、広間の奥に戻り、深く息をついた。
かつて切り捨てた存在が、新たな拠点で組織を築き始めたという事実は、予想外の脅威だった。
追放された令嬢が力だけでなく、人々を惹きつける才能を持っていることは、王国にとって大きなリスクである。
「……見過ごすわけにはいかんな」
王は低く、しかし決意に満ちた声でつぶやく。
小さな森の奥で生まれた組織は、まだ王国の視界には小規模に映るかもしれない。しかし、信頼と結束を得た者たちは、いずれ王国の秩序を脅かす力となる。
報告書の束を手に取り、王は再び高官たちに命じた。
「偵察を強化する。令嬢が境界でどのように信頼を築いているのか、すべてを監視せよ。必要なら、事前に介入する」
高官たちは慎重に頷く。
この時点で、王国は新勢力をただの偶然の小規模集団としてではなく、潜在的な危険として正式に認識したのだ。
夕刻、王は再び窓の外を眺める。
王都の街は穏やかだ。しかし、森の奥で生き延びる令嬢の存在が、この平穏をいつか揺るがすことになる。
その日が来る前に、王国は行動を開始しなければならない――そう強く感じていた。
森の向こう、境界の小さな集落では、住人たちが焚き火を囲んで穏やかな夜を過ごしていた。
だが、王国の視線はすでにそこに注がれている。静かな平和は、長くは続かない。
王国が危険視し、行動を開始する日――
その時、境界で築かれた信頼と居場所は、初めて試されることになる。
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